56.不安
年明け後、一旦「ニーナの実験室」は解散し、植物は紅茶と一緒にユーリが一度植物園に持ち帰ることになった。
私はあの後アロイス先生のお宅で数日ご厄介になっていた。明日からまた寮に戻るという時、アロイス先生が突然話し始めた。
「始業式までの数日、また国外に行ってきます」
「あの寒い国にまた行かれるのですか?」
「いえ······今度は東の国です」
恐らく魔法団のお仕事で何かしら秘密があるのだろう。口数がやけに少ない。
「わかりました。お帰りをお待ちしています」
「ニーナ。2年生での授業は二学期末で全て終わらせてます。授業時間数も、既に単位取得まで足りていますから、私の戻りが遅くとも心配する必要は有りません」
「遅く······なるのですか?」
「なるべく始業式までには戻るつもりです」
「戻って来るんですよね?」
「勿論です」
一掬いの不安が過る。
でもアロイス先生が戻ると言ったのであれば、私はそれを信じるしかない。
「もしネックレスで呼んだら、先生は来れますか?」
鍵穴のネックレスをギュッと掴んで先生を見た。
「すみません。国外にいる間だけは、恐らく使えません。国と国の間の結界に阻まれると思います。」
「アロイス先生」
大丈夫。
先生が戻ると言ったのならちゃんと信じる。私は先生を疑わない。
それなのに
何故なのだろう。
不意に溢れた涙が、どうしようもなく流れ出て止まらない。
「ニーナ」
先生は優しく私を抱き締めた。おでこにキスを落とし、流れる涙を手で拭って笑う。
「不安にさせましたか?」
「すみません。先生が悪い訳じゃないです。私が勝手に······」
顎を上向きにされ、唇を塞がれた。
甘い、甘い、先生の唇。
ちゅっ、と吸われ、身震いして吐息を漏らした。
その瞬間に絡めるように舌が口に入り、私と先生の境目が無くなる。
離してほしくなくて、先生の背中をきつく抱き締めた。応えるように、頭と背中にある長い腕が私を縛りあげる。
「アロイス先生······教えてください」
「何をですか?」
「魔法士は本当に魔力の注入が出来ないのですか」
「······ニーナ?」
「私は、私の意思で、私の力で、先生に魔力をあげたい······っ」
声が掠れ、また涙が溢れた。
私は子供で、ただの魔法士で、何の力もない。
先生に何もしてあげられない。
役に立ちたいと、あれ程望んだのに。
「お願いします、教えてください」
先生にしがみついたまま泣いていると、ふと、小さなため息が聞こえた。
「出来ない訳ではないんです」
私はゆっくり顔をあげる。
「注入作業自体は手順を踏めば誰でも出来るんです」
「なら······」
「問題なのは、魔力の制御です」
「制御······」
「魔法使いが、魔法士と違うのは魔法の操作力であり、制御力が大きく長けている点です。魔力の注入や吸引を行うには、どれくらいの量をどれくらいのスピードで行うか自分自身で調整しなくてはならない」
私の目元を長い指がゆっくりと擦る。
「それが出来なければ注入すると同時に自分の命が削れるまで相手に注ぎこむことになります」
「それでも、私は······っ」
「私が制御を助けます。やってみますか?」
アロイス先生の優しい笑顔が、私の不安を少しずつ溶かす。
「助けてくださいますか?」
「勿論。私は貴女の先生ですから」
そのまま、もう一度キスを交わした。




