54.ニーナの実験室
終業式も終わり、ついに年越し休暇に入った。この休暇は3週間と長く、普通は家族と過ごすものである。寮の住み込みのおばちゃん達ですら帰省していて、当番の通いのおばあちゃんだけが交替で朝夕寮に出入りするだけだった。
寮生達も、夏休みの時のように帰省するものばかりで、私だけがまた取り残されたが別に構わない。なんたって、この三週間は私にとっての実験期間だからである。
誰もいないはずの学校に行き、いつもの闇魔法の教室を開ける。
「おはようございます!」
「おはよう!ニーナ!」
「おはようございます。ニーナ」
ドアの向こうには、笑顔のユーリと無表情のアロイス先生がいた。
「やっぱり私とニーナだけで充分だと思うんですが」
「植物の手配は僕じゃなきゃ出来なかっただろ!」
視線だけで闘う二人に私は少し笑う。
「ユーリもアロイス先生も必要だったよ。二人とも有り難う」
そう言って頭を下げると二人とも口角が上がった。
両手でパンッと叩き、私は音頭をとる。
「では改めてまして!今日から三週間、ニーナの実験室をやっていきたいと思いますので、ご協力宜しくお願いします!」
ユーリがパチパチと拍手をした。
前回、ユーリに将来植物園での就職を提案された私だったが、アロイス先生とのこれからのことを考え、植物園ではない場所で私の魔力が入った植物を育てられたらと考えた。
ユーリに相談したところ、せっかくの年越し休みで時間があるなら実験的に育ててみたらと言われ、今日はユーリが植物園から種やら苗をたくさん持ってきてくれた。いずれも発育の早い品種なので、花が咲いたら直ぐに実験して薬を作ってみようと思う。
植物の栽培と薬の実験は主にユーリが指導を、合間に年越し休暇の宿題をアロイス先生が指導してくれることになった。
種や、苗を私が直に触り、何となく「元気になれ~」と念を込めてみる。魔力が直接注入できないので、気持ちだけ込めてみた。
鉢に順番に種や、苗を移し手で土を被せていたら、上からユーリの手がそっと私の手を覆った。
「土のお布団、だよね?」
「ふふ、そうだね」
笑いあっていたら、横からアロイス先生の厳しい視線が飛んでくるのがわかった。
3日で葉になりそのまま食せるものや、数日で花が咲くもの、実がなるものなど、それぞれの鉢に目印をつけた。
「ニーナ、紅茶をどうぞ」
アロイス先生が柑橘の香りのする紅茶をいれてくれた。とても良い香りがする。
「おい、僕にもいれろ」
「これはニーナと私の紅茶です」
隣で喧々諤々やっているのをそのままに、私はアロイス先生が持ってきた茶葉の缶を見つめた。
「ねぇ、ユーリ。茶葉も元は植物でしょう?触ったらなんか反応あるかな」
「······それ面白そうだね。やってみよう」
アロイス先生から缶の茶葉を半分貰い、密閉用の口の大きなガラス瓶に移し、ひたすら両手で触り続けた。
「夜のごはんもみんなで食べよう!」
私は明るく提案した。
お昼ごはんは、みんなに付き合ってもらったお詫びに寮の食堂を借りて私がお弁当を作ってきた。私にも作れるメニューとなると限りがあるのでサンドイッチをたくさん作ってきたのだが、ユーリは飛びついて食べたくせに途中で真っ青な顔するし、アロイス先生は笑っていたけど、だいぶ少食だった。
「アロイス先生、三人でステファニーさんのお店にいったら迷惑かな」
「大丈夫だと思いますが、私はニーナと二人で行きたい」
「お前いっつもうるさいね。僕だってニーナと友達なんだからごはん行くよ!」
結局三人でステファニーさんのお店に行った。
ステファニーさんはニコニコと迎えてくれた。
温かいステファニーさんのごはんを食べながら、私を挟んでユーリとアロイス先生が軽口を叩きあっているのが、何だか嬉しかった。二人とも余りこんな風に話している姿を見たことがなかったので、友達同士がじゃれあってるみたいに見えて微笑ましいと思った。
ステファニーさんに「アロイス先生がこんな風に喋るの初めて見ました」と言ったら「私もよ」と言ってウフフと笑った。




