50.魔法薬学特別授業 3
魔法薬学の調薬練習は、毎日続いた。
あれだけ泣いていたユーリは、暫く来ないものと思っていたけど、翌日もユーリは植物を抱えて笑顔で学校に来ていた。
指導自体はアロイス先生が行い、ユーリは教室の脇で椅子に座ってじっとその様子を伺っていた。口を挟むこと無く私の調薬を見つめること4日が経過し、何となく私の調薬が形を成して来た頃、ユーリが口を開いた。
「ニーナ、調薬疲れた?」
「少しだけ。でも二人のおかげで少し出来るようになったよ!」
私は笑顔で答えた。
「うん。頑張ったもんね。それでさ、ずっと見てて思ったんだけど、君の魔力ってさあ、もしかして植物にも有効なんじゃないかな」
私とアロイス先生はユーリを見た。
「不器用なのはわかったんだけど、要所要所で特殊な反応をしている気がする」
そう言うと、ユーリは持ってきていた植物の中から、まだ生きている鉢植えと、乾燥させた茎に葉がまだついているものを一つずつ机においた。
「僕は離れているから、この二つの植物に魔力を注いでみてくれる?」
「ユーリ・ブラウエル。魔法士に魔力の注入作業は出来ませんよ」
すかさずアロイス先生がつっこむ。
「あ、そうか。じゃあ、なんでニーナの調薬はあんな反応をするんだろう」
ユーリは顎に手をあて、首を捻った。
私は自分の手をじっと見つめて、普段と何も変わらない平凡な手でそのままアロイス先生のスーツの端を掴んだ。
ふと、以前コーネイン先生が私に言っていたことを思い出す。
『ふふ、まあ、先輩からしたらこの子が最初で最後、唯一気兼ねなく触れられる子だったろうね。魔力の波動が肌から溢れ出してる。中身はどんな属性者をも虜にする『甘露の泉』だもんなあ』
「魔力の波動が肌に溢れ出してる・・・」
ポツリと記憶をなぞり繰り返す。
「肌?ああ、そうか」
ユーリが机を叩いた。
「何?わかんないよ、ユーリ」
「ニーナが今言ったのが答えだね」
「私じゃなくて、コーネイン先生が言ったんだよ。『魔力の波動が肌から溢れ出してる。中身はどんな属性者をも虜にする『甘露の泉』だもんなあ』って」
「あの女ったらしが?他にあのバカなんて言ってた?」
ユーリが眉をひそめる。
「オーラが独特で、どっちかというと光魔法の病癒士に近い······とか何とか」
「なるほどね。あの間抜けにしてはよく気づいたな」
ユーリが唸った。
「女遊びの成果でしょう。たくさんの女性の肌を比べたからこそ気づいたのでは」
アロイス先生が冷たい目で話す。
「まあ、結果としてはそれが全ての答えだね。気づいたのがクズだっただけで」
2人ともコーネイン先生を完膚なきまでにボロクソに言った。
「つまりだ、コーネインの言うとおり君の魔力は肌から漏れてるんだよ。だから、調薬の際に他には無い微妙な変化をもたらす。恐らく『甘露の泉』としての性質だろう。それ故、僕達魔法使いは君に何の抵抗無しに触れることが出来る訳だ」
「う······うん」
「さらに、『甘露の泉』の魔力性質は生き物への興奮材の他に、生命力の増強や弱っている者に対して回復を促しているんじゃないのか?だからコーネインは君のオーラを病癒士に近いと言ったんだ」
「人や動物、植物などの生き物は、君に触れただけでみんな元気になる。植物なんかは恐らく効能が上がっているはずだ」
「そ、それが本当だとして、どうして誰も今まで気づかなかったの?」
「『甘露の泉』は奪われ続けて悲惨な末路を辿るものが多かったからね。皆、魔力性質を調べる以前にご馳走に群がるハイエナ共に食われて死んでる」
「止めてください!」
アロイス先生がユーリに叫んだ。
「今、そんな話をしなくてもいいでしょう?」
ユーリはじっと私の方を見ながら続けた。
「······僕が言いたいのは、ニーナ。もし君が望むなら本当に植物園で働けるよってこと。やりたいって言ってたでしょ?」
「あ、そうだね」
「君の特殊な魔力性質で触れた植物達は、様々な病に役立つ可能性を秘めている。植物園に来るなら、僕の庇護下で働けるし」
「ダメです」
アロイス先生が制した。
「あんな魔法団の研究所の側で働かせるなんて······」
「それはお前が決めることじゃないだろアロイス・クラウスヴェイク。ニーナの将来をお前が決めるな」
「私は彼女の·······!」
「まだ家族じゃないだろ」
緊張感が走る教室内で、先に席を立ったのはユーリの方だった。
「ニーナ、君はもうすぐ3年生だ。将来のことも考えないといけないでしょ?本気で植物園に入りたいなら僕に相談して」
「ユーリ······」
「いい気になるなよアロイス・クラウスヴェイク。ニーナは一人の人間でまだ学生なんだ。お前が全てを支配する権利なんかないんだから」
ユーリはスタスタと教室をあとにした。
アロイス先生は、私の方を見てはくれなかった。




