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44.先生の告白

 


「ニーナ、起きれますか?」


 まだ真夜中という時間帯、私はパジャマ姿の先生に起こされた。


「出かける準備しますよ」

「こんなに早く?」


 まだまだ空は真っ暗で星が綺麗に輝いていた。


「見せたいものがあります」


 とりあえず目を擦って起き、外出の準備をした。先生は色々と詰め込んだ大きなバスケットを準備してて、指でくるっと一振させるとバスケットは指輪くらいのサイズになった。小さなバスケットをポケットにいれ、もう一度手を振るとオレンジの鍵とドアが現れる。二人で手を繋いでドアを開けた。


 着いたのは山の上だった。まだうす暗くて見にくかったけど、もうすぐ朝日が昇るだろう。


「ニーナおいで」


 先生はバスケットから荷物を広げ、平らになったところに敷布を敷いて、大きな毛布で二人で寄り添ってくるまった。


「寒い?」


 ほっぺたをピッタリくっつけて先生が聞いた。


「暖かいです」


 何だか嬉しくて私はくすくす笑いながら答える。


 そうしていると、ゆっくりとオレンジの光の筋が地平線から見えた。


 ゆっくりとゆっくりと、光の量が増えていく。周囲の紫とも灰色ともとれる雲が少しずつ流れていき、やがてはっきりとした太陽が姿を現した。


 雲の海から現れた太陽のあまりの存在感で圧倒される。


 なんて綺麗なの。


 自然と涙が零れた。


「美しいでしょう?」

「はい」

「私は、貴女に出会う前は一人で見に来ていました」

「一人で········」

「今は私の隣に太陽がいますから、久しく来てませんでしたが」

「太陽?」

「貴女です、ニーナ」


 二人で見ていた朝日から目を逸らし、私と先生はゆっくりと瞳を見合った。


「私の光。私の太陽。何者にも変えられない、圧倒的な存在。どんなに闇に覆われても、貴女がそこにいれば必ず朝が来る。光をくれる。だから私は救われる」

「私が?」

「私は、ずっと一人でした。ニーナ。母と父を15で失い、後見人にステファニーさんがついてくれましたけど、私の心はずっと冷えていた。誰にも明かせなかった。強い言葉と態度で相手を威嚇しながら生きてきました」


 少し目を伏せて先生は続ける。


「貴女と初めて会った時もそうです。貴女をはね除けるために辛く当たりました。全て自分の弱さから来たものです。」


「貴女はある日『オバケが怖い』と言って泣きながら私に縋りついてきましたね。覚えてますか?」

「はい」

「私の目の前に、自分の感情を真っ直ぐに吐露しながら、嫌いな筈の私に触れてきた貴女は私にとっては衝撃の一言でした」


 長い指が私の髪の毛に微かに触れ離れる。


「手袋越しに触ったら貴女の感触が何となく気持ち良くて、あの時片手だけこっそり手袋を脱いで触ったんです。いつもなら感じる違和感はまるで無かった。貴女の髪を触って、ほんの少し触れた額に温かさを感じ、目の前にいるのが初めて人間であると実感した」

「······先生」

「信じられないでしょう?かつての私は人が目の前にいても、それが人間だという実感すら無かったんです」


 先生はゆっくりと瞼を落とす。


「貴女は怖さで震え、私の服を掴んで必死に私のあとについてきた。私が与えた課題に徹夜で挑み、目の下に隈を作り、涙で真っ赤に目を腫らして」


「目の前にいるのは、たくさんの感情を持った一人の人間であると知ったんです。それと同時に私は何も悪くない人間に辛く当たった事実も浮き彫りになった」


 先生は薄く目を開けた。


「貴女という人間を知る度、触れる度に私は自分が人間であると知った。感情があると知れた。貴女のことが好きだと、誰にも渡したくないと」

「··········っ」

「ユーリ・ブラウエルに嫉妬し、独占欲に狂い、貴女に無体を強いた。たくさんの感情が渦巻いて、貴女の意志がわからないまま貴女の唇を自分のものにした」


 淋しそうに先生は笑う。


「貴女は私に驚いたでしょう。自分の感情と私の感情が余りに違うから」

「·········」

「間違っていたとは思いません。貴方を目の前にすれば私はいつだって欲情する。だけど」


 先生のアメジストの瞳が揺れた。


「私は怖い。何よりも恐れている。貴女が、私の元からいなくなってしまうことが」


 涙を孕んで潤む。


「貴女が私の感情に戸惑っていることはわかっています。もしかしたら、私に恐怖や嫌悪を感じている可能性も。でも、それでも」


 頬を伝って流れる。


「私から離れていかないで。貴方がいない人生なんて、貴女を失う生活なんて。私はもう貴女無しに生きられない」

「······先生······っ」

「貴女が私にどんな感情を抱いても、どんな事をしても受け入れますから」


 私の瞳からも流れ出す。


「私を独りにしないでください、ニーナ」



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