43.『好き』の違い
修学研修が終わって以降、アロイス先生は事あるごとに私に触れるようになった。
初めてキスを先生としたあと、またあんな風になったらどうすればいいのかと一人で悶々と考えていたが、先生が私の唇に触れることは無かった。だけど気がつくと腰に手が回され、後ろから抱き締められ、何となく常に纏わりついている気がする。
使用した鍵穴のネックレスのアメジストには、また先生の魔力が注がれていた。
「私本体の三人分の魔力を時間をかけてたっぷりと注いでおきました。貴女の周りには何時でも私の魔力が漂っている。いつでも呼び出してください。」
先生は優しく笑った。
アロイス先生は私に無理強いするようなことはしない。『躾』だとか言ってたけど、初めてのキスは優しかったし、私も先生を拒まなかった。私を慮るようにあの後もずっと優しかった。
私は先生が好きだ。
だけど先生は私の気持ちは『恋』じゃないと言った。早く見つけなきゃいけない答えが見つからなくて、もどかしかった。私は、また先生に迷惑をかけているのかと自分が嫌になる。
目の前の教科書を見ながら、私の思考は完全に止まっていた。
「集中できませんか?」
椅子に座っていた私の背中からゆっくりと長い腕を伸ばし、きゅっと抱き締められてから髪の毛に小さなキスを落とされる。
「すみません」
「異界への交信はイメージが大事ですから、集中出来ないようなら今日は止めましょう」
「········ごめんなさい」
「あまり気にしないでください。この授業自体は本来学期末でやるものですから。少し休憩してもなんの問題もありません」
先生の方を振り向くと、すぐ傍に顔があって優しく微笑んでいた。
「では、今日は授業はこれで終わります」
「でも······っ」
「うん。もう謝らないで。その代わり色々とやってもらいますから。じゃ、帰る準備しますよ」
先生はさっさと荷物を片付け、二人で学校を後にした。向かった先は前に一緒に行ったデパートだ。
「秋冬物の洋服を揃えてしまいましょう。これから寒くなりますから。秋物は先日少し贈りましたから追加で買いましょう」
先生はまたテキパキと女性スタッフ達に指示を飛ばし、以前と同じくメジャーでサイズを測られる。試着を何度となく繰り返し、先生は顎に手を添えて満足そうに女性スタッフ達の報告を聞いていた。
「ニーナ、若干胸元のサイズが変わったようですね。下着類を全部買い直しますよ」
下着とか言われ恥ずかしくなる。そういえば私のスリーサイズは先生には報告されていたんだっけ。
「太っちゃったかな。先生と美味しいごはん食べてるから」
照れながらそう下を向いて呟くと、アロイス先生はにんまりと笑い私の顔を覗き込む。
「違いますよ、ニーナ。単純に貴女の胸だけが大きくなったんですよ。それ以外のサイズはあまり変わってません」
「······胸って」
真っ赤になって慌てると、先生はさらに嬉しそうに笑う。
「食べさせて大きくなるなら、幾らでも食べさせますよ。それに、貴女の体型がどんな風に変わっても私は貴女が好きですよ」
そんなとびきりの輝く笑顔で私の体型を語らないでほしい。あっちの女性スタッフさんが頬を染めてこちらを見ているじゃないか。
「明日、二人でお出掛けしましょうか。じゃ、明日の分をもう一回お着替えしてきてくださいね」
ニコニコと笑う先生に手を振られ、私はこの日最後の試着を済ませた。
「お腹空いたでしょう。いつもより遅くなってしまいましたね」
「いえ、こんなにたくさん買ってくださって有り難うございます。いつかちゃんとお返しはします」
「お返しは入りません。その代わり、私の前で目一杯着飾ってください」
いつもと同じく優しすぎるアロイス先生と二人で今日はパスタを食べた。秋の味覚の茸がたくさん入っていてバターか絡んでとても美味しかった。
二人で手を繋ぎ、このまま寮に送ってくれるのかと思いきや、先生は「明日早めに出るので今日は一緒にいてください」と言われ、二人で先生のおうちに行った。
シャワーのあと、二人で手を繋ぎながら星空を見てベッドに入る。いつもの先生と、いつものように一緒にいるけれど、私の『好き』と先生の『好き』は一緒じゃないんだと思うと、少し寂しかった。




