40.修学研修 5
カッと目の前に強い閃光が走る。大きな光の玉になって眩しくて強く目を閉じた。
「ちゃんと呼んでくれましたね、ニーナ」
目をうっすらと開けると、見覚えのある黒髪が揺れていた。
真っ黒なシャツとベストに包まれた大きな背中。長い足と真っ黒な手袋。振り向いたのは、縁無し眼鏡にさらりと黒髪がかかった紫眼の私の大好きな人。
塞がれた口からくぐもった声しか出なかったけど、私の瞳から温かい涙が溢れた。
先生は前に向きなおり、私を見ないままパチンと指を弾くと蔦が一瞬熱くなりそのまま枯れて緩んだ。
「せんせぇ········っ」
「可哀想に。怖い思いをさせましたね」
「ふぇえ········」
涙と一緒に鼻水も出る。
「先にあいつを片付けます。もう少しだけいい子で待てますね?」
「はいっ!アロイス先生!」
先生は目線だけ一度こちらに向けてクスリと笑ったけど、ユーリに瞳を向けると氷のような冷えたものに変えた。
「ユーリ・ブラウエル。やっぱりあなたですか」
「アロイス・クラウスヴェイク。勝手に人のシマを荒らさないでくれる?」
二人で睨みあいが続く中、私は枯れた蔦から脱出しようと踠き続けた。
先生が左手をあげるとそこかしこから一斉に強い火の手が上がる。パチパチと爆ぜる火はぐるぐると回りながら集まり、ゴオっと音を立て龍のように長いうねりになってユーリに向かった。
ユーリが微かに手を挙げる。体の周囲が水の幕で覆われ火のうねりと衝突したが、じゃわああと大きな水蒸気となり霧散した。
「あのさあ、室内なんだから燃やすの止めてくんない?」
「勝手にニーナに手を出す奴に、遠慮する気はないんですよ」
なおも睨みあう二人に私は叫んだ。
「アロイス先生!そこの苗私が植えたの!!」
「えっ?!ニーナが?!」
先生の手が止まる。
「ふふん。二人で手を重ねて土を盛ったんだ。羨ましいだろ?」
ユーリが唇の片端をあげた。
「馬鹿じゃないですか。手ぐらい私は日常茶飯事ニーナと繋ぎあってます」
「なんだと?!」
ユーリの美しい顔が歪み、今度はアロイス先生が笑い始めた。
「私とニーナは相思相愛ですからね。『魔法使いのキス』も自分からしてくれますから」
「ず······ずるい!!」
だんだんと会話の知能指数が下がり始めた気がするのは何故だろう。
でも、なんとかユーリに引き下がってもらわなければならない。私はユーリとは家族にはなれないのだから。
「ユーリ!私は先生のほっぺにチューしちゃう仲なの!!諦めて!!」
「ほっぺにチュー······」
ユーリは真顔で繰り返す。
「私は先生と家族になるの!先生は私を養女にしてくれるんだから!!」
「養女?へぇ。それはそれは。結婚の際はご挨拶申し上げますよ、お義父さん」
「あなたにそう言われる覚えはありません!」
アロイス先生の手から真っ黒な煙が出て、ユーリの回りをぐるぐると囲み覆った。
「ニーナ、とりあえずここから引き揚げます」
先生はくるりと振り返り私に絡まった蔦を外して私を抱き上げ、また手を翳すと茶色の扉と鍵が現れ、アロイス先生がドアを開けた。
「ニーナ!!」
後ろから声が聞こえ振り返る。煙だらけの体から顔だけ出したユーリが苦悶の表情で私を見ていた。
「僕は本気だよ!君の魔力なんか二の次だ。僕は君自身が欲しいんだ!僕のこと嫌い?!」
「嫌いじゃないけど、家族にはなれない!私の一番はアロイス先生だから!」
私はアロイス先生にしがみついたまま叫んだ。
「絶対にまた会いにいく!諦めないから!きっと僕を好きにさせてみせるから!」
最後の言葉を聞き取ってすぐに扉が閉められた。
ユーリの声が耳に残ったまま、私はアロイス先生と闇魔法の教室の中にいた。




