33.甘露の泉
じっとアロイス先生を私は見つめ返した。
「コーネイン先生に言われたんです。私は『甘露の泉』だって」
あの時、急激に魔力を奪われて混乱していたが、確かに彼はそう言っていた。
「コーネイン先生は、私の魔力を『美味しい』って言ってた」
「······ニーナ」
「私、他の魔法士と何か違うんですか?」
あの時のコーネイン先生の、瞳に宿った奪略者のような揺らめきをまだ覚えてる。どうして、そんな目で私を見るのか、何故あんなに怖かったのか、まだ理解出来ていない。
「······そうですね。貴女はきちんと理解すべきでしょう」
アロイス先生は私の両手を自分の両手できゅっと握ってくれた。
「『甘露の泉』とは、魔法使いの間で知られる快楽を生む魔力保持者のことを指します。その発生は突発的で遺伝性はなく、限りなく少数と言われています。私も実際に見たのは貴女が初めてです。この魔力を保持している人間はどんな魔法属性の者も虜にしてしまうため、魔法使い特有の相性による身体的不具合を全く起こしません」
先生は話しながら、私の手をぎゅっとして、眉間に皺を寄せた。
「『甘露の泉』の魔力は得難い喜びを感じさせます。その味は非常に甘美であり、魔法使いにとっては、極上の食事であり、貴重な麻薬であり、得難い宝石のような存在です。ただ、決して魔力量は多くはない」
淡々と説明する先生の顔には悲しさや悔しさが見え隠れしている気がした。
どうして先生がそんな顔をするの。
先生が悪い訳じゃないのに。
「過去にいた『甘露の泉』達は、皆魔法士ばかりです。魔法使いに見出されさえしなければ、皆幸せに暮らせていたのに」
「どういうことですか?」
「魔力を獲るために、自由を奪われた者が殆どです。酷いものだと、牢に繋がれ搾取され続け殺されたケースもあります」
背筋が、心臓が、凍ってしまったみたい。動いているのかすらわからない。
「ニーナ」
先生の言葉ではっと我にかえる。
「コーネインの手を阻めなかったのは私の責です。これからは何があっても貴女を守ります。何があってもです」
先生の瞳を見る。ああ、温かい。先生の紫。
心臓が動き出す。小さな鼓動が聞こえた。
頬に伝う涙がポタリと二人の繋いだ手に落ちる。
「何物からも守ってみせます。私には、貴女だけだから」
ぽたぽたと落ちる。止められない。
「貴女が『甘露の泉』だろうが、ただの魔法士だろうが、関係ありません。貴女は、私のたった一人の生徒で、努力家で、可愛くて愛しいただの女の子です」
アロイス先生。
アロイス先生。
涙はもう留まる術を知らなかった。
先生の手は温かくて、私の胸の一番奥を優しく包む。
先生になら、騙されたって構わない
先生になら、繋がれ殺されたって悔いはない
私の魔力が欲しいなら全部あげる
私に出来ることは何だってしてあげる
私にも先生しかいないから
「私に、アロイス先生の魔力をください」




