32.キスと魔力
そっとベッドに私を下ろし、傍らに座る先生は、私の頬をスルリと撫でる。
「ニーナ、貴女が嫌でなければいまから回復させるために私の魔力を流します」
「はい······嬉しいです先生。お願いします」
そう返すと先生の顔が不自然に赤くなった。
「え······とですね、ニーナ。前も思ってたのですが、貴女は多分知らなかったんですよね?簡単に許可するから変だとは思ったのですが。それに乗じて甘んじた私もいけなかったのですが······誤解があってあとから嫌がられるのは更に辛いので、説明します」
「?」
「魔法使いの行う魔力の交換は、所謂······その『キス』と同じなんです」
「?!」
アロイス先生は口元を隠して恥ずかしそうに伝える。
「他人の魔力を体に入れるとしばらく馴染むまでは相手の魔力が体内を漂います。これはつまり・・・その······『キスマーク』と同じ意味合いになります」
「?!?!?!」
「勿論以前貴女が魔法の使いすぎで倒れた時のように緊急的に魔力を流す場合もありますが」
私まで真っ赤になる。
「この意味を知ったうえで貴女に聞きたい。私の魔力を貴女に流していいですか?」
つまり私は、何も知らないとは言え「アロイス先生のキスマーク嬉しい♡お願いします」と受け答えをしたことになる。かああっと顔面に熱が迸る。
はっ!待てよ。それでいくと、以前私が先生に魔力を無理やりお裾分け感たっぷりに渡したことがあった。それはつまり「先生、私のキス貰って貰って♡」と押し付けたことになるのでは?!
きゃああああ!!私、とんでもない痴女じゃない!!
「あ······あの、『魔法使いのキス』は、その、普通の人にも判っちゃうものなんですか?」
「一般人には判りませんね。魔力の流れを判別出来る魔法使いのみ、その意味が伝わります」
「私······その、普通のキスとかもしたこと無いんです。キスって······好きな人同士がするものと聞いたことがあるのですが······頬とかおでこは家族とかでもすると思いますが、く······唇は好きな人しかしないって。そうなんですか?」
もう既に色々とやらかしてしまっているのだ。この際だ。恥を忍んで色々聞いてみる。
「そうですね。一般的には」
「一般的じゃないこともあるんですか?」
「なんと言いますか、その場限りの行きずりの場合も······」
「行きずりでキスを?!」
「勘違いしないでくださいニーナ!!私は魔力の交換をしたのは貴女が初めてです!本当ですよ!信じてください!!」
アロイス先生は異常に早口で捲し立てる。先生は顔が真っ赤だ。
「アロイス先生は、普通の······肉体的なキスも、色んな人とされたんですよね?」
先生は立派な大人だ。そのぐらいはもう経験済みだろうと予測する。
「ち、違う!ニーナ!私は断じて········」と私の肩をがしっと掴む。
アロイス先生は一呼吸おいてから、話し始めた。
「······すみません。興奮してしまって。あの、私だって女性と触れあうのは、貴女が初めてなんです。そもそも魔力相性の合う女性なんて親族以外にいなかったんですから」
あ、なるほどと思った。先生は普段、魔力相性が悪い相手から肌と目の違和感を受けるのを避けるために手袋と眼鏡をしている。
アロイス先生はまだ頬に赤みが差していて、でも眉間に皺を寄せてなんだか必死に私の方を見ていた。
そんな必死に見なくったって信じているのに。
ここまで聞いたのだから、私もわからないことはわからないと伝えるべきだ。魔力についての疑問をちゃんと解消しようと思った。それで、どうするか、心のままに決めよう。
「先生、『甘露の泉』ってなんですか」




