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28.足枷 1

 

 夏休みも後半に差し掛かり、私は以前の教訓を生かしつつ炎天下の日中に飼育小屋と魔法菜園に行くのを止めた。


 最近は早朝のまだ空気が澄んでいる時間帯に狙いを絞り登校している。格好はいつものジャージに麦わら帽子の用務員スタイルだ。水筒は何時でも飲めるように肩から紐を掛けた。


 アロイス先生は、本当に忙しいらしく、前回外国のネモフィラを見に行ってから、2週間近く経ってしまった。先週末には、仕事で会えない旨の手紙が深い謝罪と共に届いていた。


 明日は久しぶりに先生に会える日だ。


 前回帰り際に持ち帰った一輪のネモフィラは押し花にしてお守り代わりに持っている。


 飼育小屋の掃除をし終えて、魔法菜園に向かうと見たことのある金髪碧眼が白い手袋を嵌めて立っていた。


「おはようニーナ・フランテールさん」

「げっ·····おはようございます、コーネイン先生······」


 こんな朝っぱらからキラキラと輝くスマイルで挨拶されて若干胃もたれしそうだが、とりあえず生徒として礼儀正しく挨拶する。


「あはは、『げっ』て聞こえたよー」

「すみません、本音が口から漏れまして。ところで何故こんな朝っぱらから学校に?」

「昼間に君が来るの待ってたんだけどさ、来ないから待つ時間帯変えてみた」

「······『ストーカー』って言葉はご存知ですか、コーネイン先生」


 ため息をつきながら私は手を動かし、雑草の様子を確認した。コーネイン先生に付き合っている暇はない。陽が高くなる前にやることをやらないと、また熱中症になってしまう。


「私に一体なんのご用事でしょうか」

「うん、前回はうまく逃げられちゃったからね。勧誘にきた」

「なんのですか?」


 雑草を見つけて、プチプチと抜いた。


「僕と、デートしてみない?」

「嫌です」


 息つぐ暇なく回答した。


「あはは、もうちょっと考えようよ。アロイス先輩今忙しくて相手してもらえないでしょ」

「コーネイン先生は暇そうですね。同じ魔法団から派遣された魔法使いと伺ってますが」


 私は水魔法で菜園に水をシャワーのように撒きながら話す。


「僕は、教師のほうがむしろ専任だからね。3学年分全部の講義数も多いし、生徒の相手もしなくちゃいけない。けど、アロイス先輩は、君しか教えてないんだから魔法団中心の生活で当たり前だよ」

「······私だけってどういうことですか」

「あれ、聞いてないの?闇魔法の授業とってるのはこの学校で君しかいないんだよ。数年前に一人属性ある子がいたけど、3日で光魔法の授業に鞍替えしたよ」


 水魔法を思わず止めた。アロイス先生は、私だけのためにわざわざ学校に来ていたの?


「ねぇ、ニーナ・フランテールさん。そろそろアロイス先輩を解放してあげたらどうかな?」

「解放········?」


「闇魔法なんて、そもそも属性者が少なすぎて元々専任教師なんかいなかったんだ。そんな少ない闇魔法使いで、歴代最高と言われた天才がアロイス先輩だよ。属性の無かった光魔法魔法以外の他教科で主席だった彼は、闇魔法をほぼ独学で覚えたんだよ」


 言葉が喉の奥で迷走を始める。


「君がどうしてもと言うから王立魔法団は学校への闇魔法使いの派遣を決めざるを得なかった。学校と魔法団には細かい取り決めがあるからね。本当はアロイス先輩は始業式からの数日、挨拶だけして学校から戻る予定だったんだ」


 そうだ、光魔法を進められたにも関わらず闇魔法をどうしてもと望んだのは私だ。


「逆にいえば、君さえ光魔法に来てくれれば、アロイス先輩はもっと魔法団の仕事に集中できる。彼の二つ名は聞いたことある?」

「闇魔法の貴公子········」

「まさに。アロイス先輩は飛び抜けている。他を寄せ付けない。あの魔力、独自性、巧みな操作、何よりあの外見だ。国内だけじゃない、諸外国の女性達がどれほど彼を慕っているか君は知らないだろう?」


 知らない。知るわけがない。


「残念ながら、僕達魔法使いは、相性の合わない女性とは体質上愛を育むのは難しい。僕はまだマシなほうでね、少しばかり手のひらが痛むくらい。アロイス先輩は、全身に違和感を感じると言うんだからあの真っ黒な衣服も納得だよ」


「真っ黒だと、大丈夫なんですか········」

「黒は遮断色だからね。それに服の外から軽く結界でも張ればとりあえず社会生活に支障はないんじゃない」


「ま、君が彼の足枷(あしかせ)になっているのは確かだ。ね?僕なら君を指導もしてあげられるし、誰かの(かせ)になるような事態も生まない。」


 足枷······私、アロイス先生の足枷なの?


 宙に浮いた手のひらにぽとりと水が垂れた。

 自分の目から涙が出ていることに気がつかなかった。


 スルスルと自分の手袋をはずしながら近付いてくるコーネイン先生にすら気がつかず、私は流れる涙をただ呆然と手のひらで受け止めるしか出来なかった。



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