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21.恋する教師 1

 

 暫く私を包んでいた腕は離される事無く、クラウスヴェイク先生は何も言わないまま、私の答えを待っているようだった。


 ふと、先程先生がベッドからごはんを作りに行くときに離れた瞬間の一抹の寂しさを思い出す。


 ああ、そうかと私は理解した。


 先生は、寂しかったのだ。私が先程感じたように、そばにいた人が離れていくことの寂しさ。それは私にもわかる。まして、一人で暮らしているのだから、楽しい時間のあとに一人取り残されたような気持ちになるのは仕方のないことだ。


「········明日には、さすがに帰らないと行けませんがいいですか」


 ポツリと答えると、パッと顔を上げた先生が破顔した。


 よっぽど一人になりたくなかったのだろう。それに今は夜だから、寂しさは日中より度合いを増す。


「明日は、必ずご自宅へ送ります」


 先生が真顔で約束してくれたので、まぁ、一回くらいいいかと私は帰宅を諦めた。


 クラウスヴェイク先生に、疲れただろうからシャワーを浴びるよう言われ、タオルと着替えをお借りし、早速身体を暖めた。


 着替えもやっぱり真っ黒だった。真っ黒な開襟シャツ。


 入浴後頭をタオルで拭きながら、「先生、黒い服好きなんですね」と聞くと先生が大きく目を開けて頬を染めた。


「黒は他の色を遮断しますからね。一番安心なのです········そんなことより、あぁ。やっぱり最高ですね。風呂上がりで上気する貴女が私の服を着て、私の部屋でそんな生足を出して········」


 後半ブツブツと声が小さいし早口過ぎて聞き取れなかった。何だか一人で照れている先生はそのままシャワーに行った。

 風魔法で髪を乾かしていると、上半身裸の先生が現れた。


「せ········先生?!」


 嘘だろう。家族に男性がいない私はただでさえ異性に免疫がないのだ。そんな風にうろうろしないで頂きたい。


 適度に引き締まった身体はまだ水滴がついていて、先生の長い手足と濡れた黒髪が余計色気を強くした。


 私は真っ赤になり、両手で顔を覆う。


「先生!お願いですから、服着てください!」

「ん?あぁ、すみません。」


 先生は私の着替えにうるさいクセに自分の着替えに無頓着すぎる。でも、ここは先生の家なのだから仕方ない。


 私が赤くなって俯いていると、長い素肌の両手が後ろから伸びてきた。


「········ひっ?!」


 そのままぎゅうっと後ろから抱き締められてしまい、どうしたらいいのかわからず目をぎゅっと瞑り俯いたまま話をした。


「先生!心臓がもたないので止めてください!」

「ニーナは、私が裸で抱き締めるとドキドキするのですか」

「あああああたりまえです!」


 若干怒鳴り気味で返す。


「いいことを聞きました。では暫くこうしていましょうか」

「勘弁してください~········」


 私は身体を強張らせた。先生はクスクス笑いながら、やっと放してくれた。


 先生が真っ黒なパジャマに着替えてから、おもしろいことを言い出した。


「ニーナ、星を見ませんか」

「星?」


 先生は、私と手を繋いで寝室の大きなベッドの上に上がった。


「星を見ながらお喋りしましょう」


 クラウスヴェイク先生は、軽く片手を上げて掌を右から左にさっと流すとその瞬間、部屋の天井だったはずが満点の星空に変わった。


「雲の上から焦点当ててますから、よく見えるでしょう?」

「なにこれ······すごい······どうやって······新しいダンジョン?空ダンジョン?」

「だからダンジョンではありません」



 クラウスヴェイク先生と私は手を繋いで仰向けになって星空を見上げた。普段みているはずの星空より数も多くはっきりしている。


「何だかいっぱいある気がします」

「地上で見るより空気が澄んでますからね」

「とっても綺麗」


 白く光るたくさんの星達を眺めて、たまに赤や青の星があることに気づいた。


「クラウスヴェイク先生、白以外の星があるんですね」

「ああ、温度によって違うらしいです」

「紫はないのですか」

「さあ、聞いたことないですね」

「紫色は先生の色なのに」


 そう言うと、繋いだ先生の手がぎゅっと握られた。視線を向けると星みたいに綺麗な瞳が隣に見えた。


「黒、ではなくてですか?」

「先生はアメジストの紫です。今日も意識を失っている間に先生のキラキラした紫色の光が私の中に流れたのを感じてました」


 横から、怯えるように先生が尋ねてきた。


「私の魔力は、気持ち悪くなかったですか?たくさん流し入れました。貴女の許可もとらずに」

「いいえ、あったかくて気持ち良かった。身体の中にキラキラしたものが流れてくるのがわかった。起きたら、先生の顔があったから嬉しかったんです」


「先生は優しい」


 いつだって心から気遣ってくれている。先生の魔力があんなに優しいのは先生が優しいからだ。


「優しいのは、貴女がいるからだ」


 満天の星空を見ながら、囁くように呟いた先生の声は私には小さ過ぎて届かなかった。



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