20.揺れ始めた気持ち
先生はテキパキと準備をしごはんを作ってくれた。今日は夏野菜の冷製スープとハーブローストビーフだ。小さなパンもお皿に用意されていた。
さすがクラウスヴェイク先生。私がイビツに切った野菜も芸術品のように仕上げている。ハーブローストビーフはまるで薔薇のように置かれていた。
ここまで来ると私が料理に参加した意味は皆無である。それでも先生は「初めて二人で作ったごはんです」と嬉しそうに言った。
カフェエプロンをしたまま、ワイングラスに赤ワインを注ぐ先生は、世界一のソムリエのようだった。
ソムリエは、私にはレモンの炭酸水をくれた。二人でグラスを合わせて笑いあった。
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「先生、もう遅いので私帰ります」
そういっていつの間にか脱いだハイソックスを履き直し、テキスト類をまたパンパンに詰め直して先生に挨拶をする。
「一日お世話になりました。たくさんお洋服買って頂き有り難うございます。ご恩は忘れません」
いつか大人になったらちゃんとお返ししなくては。
私はぺこりと一礼したが、先生は片手を腰に当て眉間に皺を寄せたまま返事をしなかった。
「ではまた、来週ですね。失礼します」
私はドアノブに手をかけた。
あれ?ドアノブが動かない。力を込めてグッと押すがびくともしない。
ドアが壊れたかと思い、ダンジョンの主に声を掛けようと振り向いた。
瞬間、頭上でダンっと音がして、クラウスヴェイク先生が私のすぐそばにいた。
背の高い先生が、真下にいる私を覆うように手を伸ばしてドアに押さえつけられていた。
「楽しいと思っていたのは私だけですか?」
見上げた先生が酷く怒っているのがわかる。
「もっと一緒にいたいと思ったのは私だけですか?」
先生が怒っている。なんで?
「········せんせ········」
言い終わる前に頭上にあった先生の手がゆっくりおりてきて、包むように私を抱き締めた。
「帰るなんて言わないでください」
顔のすぐ横に先生の髪が当たって、くすぐったい。
こういう時、どういう対応をしたらいいのだろうか。だって先生は大人で、魔法使いで、私なんかが何か言えるような人じゃなくて。
でも大人のはずの先生は、子どもの私に縋りつくように泣きそうな声で言った。
「一緒にいて、ニーナ」




