13.魔力の交換
「指、痛かったですよね」
「え?別に」
「血が滴ってました」
「ナイフで切りましたからね」
闇魔法の授業中、教室の一画で切った指を不安そうに見つめるクラウスヴェイク先生は、何だかどうも様子が変だ。
今日は前回より大きな魔物を召喚した。真っ黒な耳の垂れた可愛らしい犬のようだ。
「こんな魔物のために貴女の身体に傷がついた」
「先生、何だか誤解を生みそうな表現ですよ」
先生は私の指先についたわずか3ミリ程の傷を致命傷の様に見つめ後悔していた。
「やはり召喚術など教えるべきじゃなかった」
丁寧な消毒と止血後、私の手を慈しむように両の手で包み込み先生は私を見る。
「もう二度貴女を傷つけさせません。テストは全てワインを代用します」
「は、はぁ」
「今日はこのまま、この魔物を使役した後、還しましょう」
私は手を翳し、ぐるぐると操るように回した。魔物はそれに合わせて一緒に回り、私がグッと手を握るとその場で消えた。
「出来ました!クラウスヴェイク先生!」
満面の笑みで先生に告げる。何だか闇魔法、上手になってきた気がした。
先生は暫く私を見たあと笑みを洩らした。
「ニーナ、一つお願いがあるんですが、きいてもらえますか」
「私が出来ることであれば」
「嫌でなければ······貴女の、魔力をほんの少し貰えますか。無理にとは言いません。」
「魔力?」
何だか先生は頬をピンクに染めて、眼を逸らしながら恥ずかしそうに訊ねてきた。気のせいか珍しく落ち着かない様子だ。
「何だかよくわかりませんが、別にたいしたものではないのでどうぞどうぞ」
お惣菜のお裾分けよろしく、私は先生に押し付けるように承諾した。
「では、手を」
クラウスヴェイク先生は手袋と眼鏡を外すと、私と片手を重ねた。そのままゆっくりと指を折り曲げ、きゅっと握りあった。
「頬を、触ってもいいですか」
先生のキラキラ光る紫の瞳が、私を見つめて「はい」と一言返すと、大きくて長い先生の手が少し震えながら私の頬に触れる。
ゆっくりと、私の中から何かが抜けていく。
クラウスヴェイク先生は私から目を逸らさず、宝石みたいな瞳が揺れている様を私はじっと見ていた。
「······う······わ······っ」
先生が急に顔を赤らめた。
目を閉じて、何だか辛そうに眉間に皺を寄せて唇を噛みしめている。
「先生?」
不思議に思って先生を見ると、ゆっくりと開くアメジストの瞳は確かに潤んでいて、頬が紅潮し、呼吸がだんだんと浅くなっていた。
手を離すと、先生は下を向いたまま顔を上げず、自分の片手で顔を覆った。
「クラウスヴェイク先生?」
反応が無い先生を見て、私は思った。きっと私の魔力がえげつない程気持ち悪かったのだろう。何だか逆に申し訳ないことをしてしまった。
「········無理を言ってすみませんでした」
「いえいえ、何だか逆に気を遣わせてしまってすみません」
不快な思いをさせたのだろうと、私は重ねるように謝罪をした。
「貴女が謝るようなことは何一つ無いんですが······あの、嫌でなければ、私の魔力を貴女に流してもいいですか········?」
意図が全くわからない。が、恐らく奪った魔力分を返そうということだろう。先生は立派な大人だから、律儀なんだなきっと。
「はい、じゃあお願いします」
ニコニコと承諾をすれと、先生はまた同じように手を絡めたかと思うと身体を包むように密着させ、もう片方の腕でしっかりと腰を抱いた。
「?????」
「いきますよ」
身体にぴったりとくっつき過ぎて混乱した。すぐに、身体中にじわりじわりと温かな高揚するような何だかとても気持ちいいものが、血管を通して流れて来る。
「私の魔力です。わかりますか?」
わかる······けれど······!
「ニーナ、私の魔力、ちゃんと感じてますか」
耳元で先生の声が、吐息がかかってそっちに意識をもっていかれそうなる。
「ニーナ、私の魔力は気持ちいいですか?」
未だピッタリとくっついているクラウスヴェイク先生に問われ、なにも言えずに吐息がかかった耳だけを守るように触った。
「ニーナ?」
嘘でも一言言えばいいのに、バカな私は震える唇から空気を漏らすことしか出来ない。
クラウスヴェイク先生は、ひょいと上半身だけ動かして、横から私の表情を伺っていた。小さく肩が弾み浅い呼吸をしている様をじっと見られて、また体温が上がった気がした。
先生がクスリと笑った。
「じゃあ、もう一度試してみますか?」
また腰を強く抱かれ、ぎゅっと指を絡めとられ、身体中に先生の魔力が流される。少しずつ少しずつ、内側から先生を感じて、外側から更に先生の長い手が先程以上に私を抱き締めて、私の心拍数が跳ね上がり、恍惚となって身震いしながら涙を堪えるのに必死になった。
上機嫌の先生はぼけっとしていた私の手を引っ張り、今日はステファニーさんのお店に連れていってくれたけど、胸がドキドキしたままで、せっかくの美味しいごはんに集中できなかった。




