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12.ダンジョンと先生

 

 クラウスヴェイク先生のおうちは、学校から暫く歩いた住宅街に突如現れた謎の魔物と戦い、黄金の鍵を手に入れたと同時に忽然と現れたドアを開くと到着した。


「どういうシステムなんですか」

「安全対策ですよ」

「やっぱりダンジョンじゃないですか」


 入り口を開けると、思いの外普通のお家だった。到着するなり先生は眼鏡と手袋を外した。


 綺麗に整理されたリビングダイニングに通され、座っているよう言われたが、教え子の私が教師1人に支度を任せるなんてことが出来る訳がなく、すぐさまキッチンに手伝いに行った。


「では、ワインとアップルジュースの用意をお願いします」


 飲み物をテーブルに運んでふと、そういえば先生とは言えこんなに簡単に男性宅に入ってしまったことに少し不安になった。


 とはいえ、相手は少しばかり優しくなっただけの鬼教師だし、ここはダンジョンだからあまり問題はないと自分に言い聞かせ、ワイングラスをテーブルに置いた。


「準備がてきたので運んで頂けますか」


 キッチンにあったのは、オーブンで焼いたばかりのほうれん草のキッシュとビーフシチューとサラダだった。


「········クラウスヴェイク先生が一人で作ったんですか?」

「他に誰が作るんですか」


 マジか。平日の夜にこれだけのものを一人で作れるものかなのか。


 私は感動にうち震えながら料理を運んだ。黒いカフェエプロンをした先生は一流シェフみたいに見えた。


「美味しいぃぃぃ~っ!!」

「それは良かった」

「感動して泣きそうです、美味しいぃぃぃ~!!」

「わかりましたから、冷めますよ」


 食レポ的には完全にアウトだか、私は今の感情を最大限に伝えた。ホント、一介の教師がこんなに料理上手でいいのだろうか。


「これが噂のダンジョン飯ですね、幸せぇ」

「だからここはダンジョンじゃありません」


 温かいごはんの影響か、先生と私の会話はいつも以上に弾んでいた。美味しい料理を誰かと分かち合うって本当に幸せだ。毎日一人で食べている昼食がひどく味気なかったなと今更ながら思う。


 ふと見上げて、先生の瞳が眼鏡の奥からキラキラと光るのを見たら、昼休みの同級生達の会話が頭を過り、思わずじっと先生の瞳を見た。


 本当に宝石みたいにきれいな紫の目。大きなアメジストのようだ。


「先生は、伊達眼鏡なんですか?」


 私の発言にスプーンを持つ先生の手が止まる。


「········そうですね。度は入ってません」

「何故、眼鏡をするのですか」

「········してはいけませんか?」


 先生は少し嫌そうに眉を寄せて、顔をしかめた。


「ごめんなさい、先生。知ってて聞いたんです。クラウスヴェイク先生の目はとっても綺麗だから、もっとみんなに見てもらいたくて」


 こんなに綺麗な目を隠さなくてはならない先生の事情に安易に足を突っ込んで話してしまったことに少しばかり後ろめたさを感じながら、私は私の感じる思いを告げた。


「先生の瞳、宝石みたいに綺麗だから、私好きです。それに先生は、手も長くて綺麗だと思います」


 先生は視線も合わせず動きも止めたままじっとシチューを見つめていた。


「魔法使いは、魔力の相性が悪いと具合が悪くなるんですか?」

「········人によります。私は目と皮膚に違和感を感じます」

「いま、目と皮膚痛くないですか。辛くないですか」

「今は痛くも違和感もありません」

「クラウスヴェイク先生が辛いのは嫌だから、眼鏡も手袋もしていいですよ」


 クラウスヴェイク先生の紫眼(しがん)がゆっくりと私と焦点を合わせる。テーブル越しに乗り出すように、先生の長くて綺麗な手が私の前髪に触れた。


 ふわふわと前髪を弄んで、そのままさらりとおでこを撫でた。


「辛く無いです。貴女に触れるのは」


 キラキラと光の反射を受けるアメジストの瞳と視線が絡まる。


「貴女の肌は気持ちがいい」


 先生の形の綺麗な唇に言葉を紡がれて、私の心臓が一瞬止まった気がした。


 時間が止まったような感覚を覚え、先生の手が私から遠く離れてやっと身体が動く事を思い出しだ。


「食事、食べてしまいましょうか」


 先生が眉尻を下げて笑うので、私は明らかに動揺していたが、あわせて笑うしかなかった。


 先生はシチューを明日のお弁当用と夕飯用に魔法で凍らせてお土産に持たせてくれた。


 とても美味しかったはずなのに、胸がいっぱいでよく味を思い出せなくなった。




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