第七話 俺の戦術が必要だ!
頂上付近まで来て、ようやく自分がウィンザー山の周りを螺旋状に登ってきたことに気づいた。
(王家が手を出しあぐねているのも頷けるな……。)
断崖絶壁にあるこの道幅はかなり狭い。こんな場所に大勢で乗り込めば、空を飛べるドラゴンの格好の餌食になるのは間違いないだろう。
(まるで天然の要塞じゃないか……。)
頂上近くからは、このウィンザー山をある程度俯瞰して見ることが出来る。
この山は、まるで巨人が大斧で巨木を切って出来た切り株のようになっているのだ。
そして。
どのようにして出来たのか想像もつかない、何本もの指を内側に折り曲げたような不思議な形の岩が頂上の周囲を覆っているから、山頂の様子を確かめるには俺がきた道を登るか空から見るしかない。
「ぎゃーああああぁぁっ!!」
明らかに人間の悲鳴が聞こえてくる。
最後の坂を上り頂上にたどり着いた。
そこには――
巨大な二頭を振り回しながら、遥かに小さい生物たちを圧倒するドラゴンの姿。
全長はおおよそ人間の十倍以上はありそうだ。思ったよりも横幅があり、ずしりとした重厚さを備えている。
俺は周囲に視線を巡らせ、状況を把握するよう努める。
離れた場所に寝そべっている者が二名、岩壁にもたれぐったりしている者が四名。生死はわからない。
(ドラゴンと戦闘しているのは……全部で七名。)
「ーーーーーーっ!!!」
ツインヘッド・ドラゴンが咆哮を上げる度に、五臓六腑がひっくり返りそうになる。
ある程度、戦況を把握してから、俺は座り込んでいる奴らの方に駆け寄る。
「レイモンド!」
「ア、アレス、か……どうして……」
顔の半分が血糊で覆われ、両腕をだらんと垂らしたレイモンドが壁にもたれていた。喋るのがやっとという体だ。
「とにかくこれを」
俺はぱんぱんのリュックからハイポーションを取り出し、レイモンドの口に運んでやった。
「あ、ありがてえ」
続けて、残りの三人にも同様にハイポーションを与える。皆、第二等級の強者ばかりだが、あれだけの化け物の前では、たった一つの等級の差が歴然とする。戦い続けているのは第一等級――クランの幹部だけだ。
俺は倒れている二人に近づいたが、傍に行くまでもなく、彼らがもう手遅れであることを悟った。さっきの悲鳴は彼らのどちらかのものだったのだろう。
(なんということだ……。)
「アレス! どうして来たんだ……」
回復したレイモンドが、俺の肩を掴んだ。
「ここに俺たちの出番なんてない……俺も来たことを後悔している」
第五等級のレイモンドが、足手まといでしかないのは明白だ。
《キラー・ビー》も《クリティカル・ビートル》も、第一、第二等級のみで構成されているのにも関わらず、戦っているのはその精鋭だけなのだから。
その精鋭でさえ、見たところ、てんでばらばらにそれぞれが同じ行動を繰り返すばかりのようだ。
このままだと、そう遠くない間になす術がなくなる。
(俺の戦術が必要だ!)
などとは言わない。いや……言えなかった。結局、いつもの気取った態度しか取れない。
「自分の投資が無駄になるのだけは避けたいのでね。様子を見にきたまでさ」
レイモンドは目を丸くする。
「……そ、そんな理由でか……」
「ああ、そんな理由でさ」
ふっと笑うと、レイモンドはため息を付いた。
「確かに、全員があいつを甘く見過ぎていたようだ……」
レイモンドは戦っている奴らに目を向けて、顔を顰めた。
「ドラゴンキラーが一本あったところで、あの化け物は倒せっこない」
回復した他の三人も同意の声を上げる。
「あんたの言う通りだよ。こりゃだめだ……無謀過ぎたんだ」
「いつでも退却できるように準備したほうがいい」
「で、でも、帰りもあの道でしょ? アレが追っかけてきたら……」
彼らからはもはや覇気は一切感じられない。気力と魔力を使い果たしたのだろう。
そのとき、背中に熱を感じたので、俺は振り向いた。
ツインヘッド・ドラゴンの一方の首が、地面を薙ぐようにして炎吐いている。
俺たちがいる場所から、戦闘が行われている場所まではそこそこ距離があるにも関わらず、こっちにもこれだけ熱が伝わってくる。
その光景に驚愕したが、他の奴らは見慣れているのか、さほど驚きもしない。
「……あれなら大丈夫だ。パームのシールドがある」
俺の心中を察したのか、レイモンドは戦場を見つめながらそう言った。
彼の目は落ちくぼみ、いつものさわやかさは見る影もない。
「……も、もう撤退したほうがいいよね……」
魔導士らしき女が言う。
「日が暮れたらもう……」
太陽の位置からすると、日暮れまではもう一、二時間ほどだろう。
(急がないと……。)
「レイモンド、彼らと協力して先に撤退してくれないか?」
レイモンドは訝し気な表情をする。
「山の入り口で馬車を待たせているんだ……無駄にしたくないからね」
「……お前、何を言ってるんだ?」
「僕は残って彼らと戦うよ」
レイモンドは目を瞠り、次の瞬間には吹きだした。
「お、お前が?? あはははっ……第七等級でなんのスキルもないお前が!!」
レイモンドはくっくっくと体を折り曲げて笑う。この状況下で、こんな風に笑えるのが彼の強さなのだろう。
「まあ、あれは僕の武器だからね。使い方には口出しさせてもらう権利はあるはずだ」
こんなときでも、なるべく優雅さは忘れない。
「それに、君も私の――」
俺は言いかけて言葉を飲んだ。もう、あんな昔のこと覚えていないだろう。
セブンデイズ・シケイダで、俺はもはやただの金づるに過ぎないのだ。
「君が思っているよりも、私は自分の投資が失敗するのが嫌いでね」
レイモンドはふっと笑うと、他の奴らを見渡した。彼らは静かにレイモンドに頷きかける。
「…………このままだと全滅の可能性もある、か」
「さあ、早く行くんだ。リーダーたちには僕の方から伝えておこう」
俺が言い終わる前に、彼らは仲間の亡骸を背負っている。よほど退却したかったのだろう。
「……アレスやばくなったら逃げるんだ。いいな? これはリーダー命令だ」
俺は頷き、彼らを見送ってから、リュックを揺らし戦場へと走った。
ハイポーション: この世界のポーションとハイポーションは違いは希釈率だけ。酒の濃い薄いと変わらない。瓶は違う。