第六話 俺が行くのだ!
いつの間にか、窓から月は見えなくなっている。
正しい賞賛を得られなかったとしても、あのとき即座に考えついた計画は、あの《キラー・ビー》のリーダーをして「あまりにも鮮やか」と言わしめたのだ。
(六年前か……もう何十年も前のことのようだ。)
金で誰かを援助しても、頭で妄想を弄んでも、決して得られなかったじんわりと満たされるような充足感が、燻り続けていた体内の熱を冷ましていく。
《キラー・ビー》と《クリティカル・ビートル》は、個々の戦闘力の高さ故に、チームとしての作戦が疎かになっているに決まっている。等級の高いクランほどその傾向にあるのは、何度も目にしてきた。
(相手はツインヘッド・ドラゴンだ。)
彼らなら戦闘力も技術も経験もあるだろうが、今回の相手はわけが違う。魔法と物理攻撃が効かないのだ。逃げ回り、長期戦覚悟で戦ったとしても、ドラゴン種の無尽蔵と言われているエナジーの前に、いずれ尻尾を捕まれることになるだろう。
唯一の頼みの綱であるドラゴンキラーにしても、一本だけということは、攻撃できるのは一人だけ……つまり、
(作戦とチームワークが鍵だな。)
俺は勢い良くベッドから飛び降り、急いで支度を始める。
『臆病者は冒険者に不向き』
「ラブレス・ラブリ、それは違う……」
部屋の隅にある道具入れを漁りながら、俺は一人ごちた。なぜか笑いが込み上げ、顔がにやけてしまう。
「臆病者には策がある。臆病だからこそ策を練るんだ」
俺には大軍師アレクセルの血が流れている。父が貶めた家名を俺が正すのだ。
城下より北に百キロほどの地点にトゥワイライン湖がある。大陸の三分の一にも及ぶこの巨大な湖からは、七本の川が流れおり、周辺国家に水の恵みをもたらしている。
百年以上前、この湖の領有権を巡り、大陸全土が戦火に巻き込まれた。
この大陸には他に水源がない。
「トゥワイラインを制する者は大陸を制する」という大戦当時のスローガンの通り、この水源を抑えてしまえば、大陸全土を掌握したと言っても過言ではない。
しかし、魔獣の出現を機に、各国はその異形への対応に追われることとなり、大戦は勝者のないまま終焉を迎える。そうして戦後まもなく、国家ごとに治水権を振り分ける誓約が取り交わされた。と、貴族学校で教わった。
我が国に属する、七本の川のうちもっとも川幅の狭い川――ミリ川に沿って北上すると、湖と城下のほぼ中間地点に、ウィンザー山がある。
標高はそれほど高くはないが、山頂に行くには、片側が断崖になっている道幅の狭い山道を越さねばならない。
馬車の窓から顔を出すと、巨木の樹皮のように線状の窪みを帯びた崖が前方に広がっていた。
「お、お客さん、申し訳ありませんが、ここからは馬車ではちっと……」
「そうか。ではここまでで結構……」
俺は代金を三倍支払い、帰るまでそこで待っているように御者に申しつけた。
「もし明日の昼までに戻らないようなら、ギルドに報告してくれ」
荷台に置いているぱんぱんに膨れ上がったリュックを背負い、分厚い風が吹き降ろすなか、その難所へと足を進める。
(果たして間に合うだろうか……。)
たとえ神虫クランが手を組んだとしても、今回のクエストは無謀だと俺は思っている。もっと言えば、勝てる見込みはゼロに等しい。
ツインヘッド・ドラゴン討伐は、俺がギルドに所属する前からずっと掲示板に張られている難度SSSクエストの一つだ。
依頼主は王家。
本来ならロイヤルフォースが応じるべき案件だが、農家の家畜が食べられるということ以外に害らしい害がないということから、ずっと先伸ばしにされていた。
ロイヤルフォースの大半が、現在では大陸国家連合軍に属しており、兵力を裂けないという事情もあるようだ。
(農家からしたらたまったものではないだろうな……。)
だからといって、国はまったく何もしていないというわけではない――ロイヤルフォースがだめなら、民間にやらせれば良いのだ。
こうして、王国が初めてギルドに討伐依頼を出すことになった。しかも、報酬は超高額ときている。
こんな夢のある依頼を冒険者がただ親指を咥えて眺めているわけがない。
これまでに、このクエストに挑戦したのは三組。いずれも第一、第二等級揃いの神虫クランだった。
結果は――
最初の二組が全滅、最後の一組は多数の死傷者を出し撤退という凄惨なものだった。そして、この生き残りの証言によって、ツインヘッドドラゴンには魔法も剣も効かないことがわかると、このクエストに挑戦する者はいなくなった。
が、今年に入って事情が少し変わった。
国が報酬を大幅に引き上げたのである。
それまでも「ドラゴンキラーさえあれば……」と臍を噛む冒険者はいたのだが、たとえドラゴンキラーを借用出来たとしても、クエストのリスクと報奨金を天秤にかけると、割に合わないと諦めていた。しかし、今回の報酬の値上げにより、天秤が傾いたのだ。
とはいえ、ドラゴンキラーの値段は、神虫といえども一介の冒険者たちには払える額ではない。
冒険者のパトロンになることで威信を示そうとする貴族たちにしても、いまは魔道具投資にご熱心だというから、俺の武器提供は、彼らからしたらパズルの最後のピースが埋まったように感じたことだろう。
この討伐が成功しないという理由はここにある。
(油断してはらなないのだ。有効な武器が一つあるだけではないか……。)
ドラゴンキラーがあれば勝てる、と思い込むのは危険すぎる。とはいえ、神虫クランの連中に臆病になれというのは難しい。だから、
(俺が行くのだ!)
あれやこれやと考えていると突然、
「ーーーーーっ!!!」
身の毛もよだつような音が聞こえてきた。腹の底に響き、下半身の力を奪うような咆哮。
「……どうやら間に合ったか」
この世界でのドラゴン種は、ほぼ無敵です。
それには、この世界を創った『製作者』の思惑があるのですが、この話ではまったく関係ありません。
この武器語りは、『トワイライン・サガ』というアンソロジーの中から、いきなり読んでも話がわかると思うものを抜粋修正したものです。なので、設定が山ほどあるのです。