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第五話 六年前-2

 敵の前衛との距離はかなり埋まっており、ゴブリンたちは燃え上がる馬車に向かっていた。俺たちは逆方向――草むらのさらに奥深くに身を移す。


「これを使ってくれ」


 俺は所持していたハイポーションを合流した仲間に渡した。


 新たに三人が加わり、レイモンドと俺、全部で五人。

 回復し余裕ができたのを見計らって、俺は生き延びた三人の名前とスキルを訊き出す。

 

 弓使いのファンネルは、《乱れ打ち》――無数のマジックアローを作り出すスキルだ。命中率は低いが多数を同時攻撃できる。 


 拳闘家のダンは≪尖破掌とっぱしょう――乱れ打ちと対局にあるような技で、確実に敵一体に大ダメージを与えられる。しかし近接であることが前提だ。


 剣士のリガルは《アースショット》――地を這う衝撃派を放ち、相手に小ダメージを与え、さらに短時間行動不能状態にすることができる。


 加えてレイモンドの火炎魔法。


 俺はこのとき、勝利の道筋みたいなものが初めて見えた。智略家アレクセルの血は俺にも流れていると確信した。


「レイモンドとファンネルは一度、あの辺まで戻って、あそこに固まっている弓ゴブリンに範囲攻撃を仕掛けたあと、すぐにここに戻ってきてくれ」


「……わかった」


 さっきのハイポーションとアレクセルという名前――散々、笑いものにされたとはいえ――のおかげだろう。ベテランがすんなり新人の指示に従ってくれた。(思えばこのときに、物や金で人を釣る味を覚えたのかもしれない)


「奴らは間違いなく君たちが攻撃した地点に集まってくる――」


「そこでまた範囲攻撃ってわけか?」

 

 理解の早いファンネルに俺は首肯する。


「そのときはリガル。君のアースショットを後衛の魔法隊に連発してくれ。見たところ魔法ゴブリンの数は多くない」


 フルプレートで身を包んだリガルの表情は見えないが、がちゃっと音を立てて頭を動かしたことから、どうやら理解してくれたようだった。


「ダンは俺と来てくれ。俺たちで――ジェネラルをやる」


 ダンは一瞬目を丸くしたが、ニヤリと笑うと親指を立てた。


 ジェネラルさえ倒せば《ゴブリントゥループ》は統率を崩し逃げていく。冒険者の常識だ。


「……よし。では一同、健闘を祈る」


 レイモンドとファンネルが移動を始める。

 馬車が燃えている位置をVの折点、一端が俺たちのいる場所とするなら、二人が向かった先はもう一端である。折点から端までの距離はおおよそ五十歩。

 

 前衛ゴブリンたちは、馬車の周りに集結しつつあった。

 死体を突き刺し弄んでいる前衛ゴブリンたちを中心に、街道の北側に魔法ゴブリン、南側に弓ゴブリンがいる。


 そして。

 ゴブリンジェネラルは街道を挟んだ向こう側で、大剣に身を預けるようにして立っている。遠目からだと巨躯の戦士に見えた。


「ファイアワールウィンド」

 

 レイモンドの火炎魔法が攻撃の口火を切る。

 炎のつむじ風が前衛のゴブリンたちに襲いかかった。


 突然のことにゴブリンたちは叫び声を上げ、魔法を喰らわなかった奴らが攻撃の構えを取るが――遅い。

 ファンネルが放った無数のマジックアローが前衛のゴブリンたちを狙って放たれた。

 この攻撃で一気に前衛の数は減った。


 二人は攻撃後すぐにこっちへ移動していたので、後衛のゴブリンたちは何もない草むらに弓と魔法を放つ。

 後衛の攻撃がやむと、すぐに残った前衛たちがそこに走りだし、後衛は前衛がいた場所まで前進してくる。


「よし、リガル今だ」


 リガルは立ち上がり、剣を地に這わせて、振り上げる――これを数度繰り返した。

 無数の畝がガガガっと音を立てながら草をなぎ倒し、後衛の魔法ゴブリンたちに向かっていく。

 

「レイモンド、ファンネル頼む!」


 戻ってきた二人はさっきと同じ攻撃を、何もない草むらを探索している前衛に向けて放った。


 俺とダンは攻撃の結果を見ることなく、草むらから飛び出して、ゴブリンジェネラルに向かって一直線に駆け出した。


「アンタイ・アロー」


 レイモンドが防御魔法を使う声が聞こえる。弓ゴブリンが攻撃してきたのだろう。


 俺は振り向かずに全速力で走った。


 街道の左側でリガルのアースショットを喰らった魔法ゴブリンたちが起き上がる。が、俺たちの後を追うように再び地中を這う畝が奴らに襲いかかった。


 俺は駆けながら腰に巻いている道具入れから小瓶に入ったアイテムを一つ取り出した。


 《デ・プロテクトパウダー》

 この粉を吸い込むと、防御力が半分以下になる。

 

 ゴブリンジェネラルは重低音の叫びを上げながら、しきりに剣で地面を突き刺している。

 前衛の崩壊に気を取られているせいか、はたまた怒りのせいか、俺たちにはまだ気づいていないようだった。

 

「ダン!」


 ゴブリンジェネラルがこっちに頭を巡らそうとしたとき――俺は小瓶をおもいっきり投げつけた。


 小瓶は肩当てに当たり、中の粉がゴブリンジェネラルの上半身を覆った。両手を振り回し粉塵を払おうとしている奴の胴体は――完全に無防備だ。


「尖破掌!!」


 ダンは俺を追い越して駆け抜けざまに、腰を入れて両手をゴブリンジェネラルの腹部に突き出した。


 刹那。

 巨躯の怪物が振り下ろした拳が、ダンの背中に打ち下ろされた。


「がはっ」


 地面に叩きつけられたダンの右手を、ゴブリンジェネラルが踏みつける。


 ぐしゃっ、と何かが潰れた音がする。


「が、ぐああああっっ!!」


「ダ、ダン……」


 俺は間近でそれを見ながら、身動き一つ出来なかった。

 粉塵は既に四散し、余裕を持ってダンを見下ろしている怪物が、次に狙ったのは――ダンの頭だ。上げられた足が踏み下ろされようとしたとき、俺は思わず目を背けた。

 

 ぐちゃ。


 今度はもうダンの叫び声は聞こえない……俺は恐るおそる顔を上げた。


「……え?」


 頭部を失い、片足を上げたゴブリンジェネラルの体がゆっくりと後ろに倒れていき、どすんっと音を立てた。


 一瞬呆気にとられたが、すぐに俺はダンに駆け寄った。

 右手は目を覆いたくなるほど悲惨な状態だったが、命に別状はなさそうだ。


「い、いったい何をしたんだ?」


「……馬鹿野郎……俺じゃねえよ……」


 そう言って、ダンは上半身を起こし後ろを振り向いた。


「この人だ……」

 

 つられて俺もさっと後ろを振り向く。

 そこに立っていたのは、今し方ゴブリンを切ったとは思えない白銀に輝く細身の剣を口に咥えながら、剣と同じ色の髪を後ろで束ねている絶世の美女だった。

 いるだけで、血なまぐさい戦場が華やかさを帯びていくように感じさせる圧倒的な美貌。


 これが、《掃きだめの女王蜂》と呼ばれるラブレス・ラブリとの出会いだった。

 

 俺は彼女の美しさに完全に心を奪われ、その顔から目が離せなかった。


 人の顔をじっと見つめるなんていう不作法はそれまでしたことがなかった(貴族の家はそういうマナーにうるさい)。それでも、どうしても目が離せなかった。

 

 髪を束ね終えると、彼女は剣を手に持ち、俺たちの方に近寄ってきた。

 

「……すまない。ほんとうに助かった」


 ダンの言葉を無視し、彼女はゴブリンジェネラルの死体の前で止まり、グサッと切り落とされた頭部を剣で刺すと、そのまま自分の目線まで持ち上げた。


 討伐の証拠として持ち帰るのだろう――と、思ったのだが、彼女は隅々までその頭部を検分してから、まるで刃の血を落とすように、切先から頭を振り落とした。


「弱いなら簡単なクエストだけ受けるべき」


 ラブレス・ラブリはダンに向かって言う。その声に人間味のようなものは一切ない。

 

 それから彼女は、ダンの体を支えている俺の顔をじっと見つめてきた。

 しばしの沈黙。


「臆病者は冒険者に不向き。いずれ死ぬか辞めるか」


 その言葉に、俺は赤面を通り越して血が逆流しそうになった。

 女にそんなことを言われたのは初めてだったし、出会ったばかりとはいえ、一瞬でも心を奪われた相手から、男として最悪の言葉を投げかけられたのだ。


 こういうことに免疫があるのか、ダンはただ苦笑して、


「肝に命じるよ」


 と返答していたが、俺はその横で恥辱に打ち震えていた。でも、何も言い返せなかった。


 なんというムカつく女。

 これが俺の彼女への第一印象であり、それ以来変わっていない。

 美貌と強さを鼻にかけているのかはわからないが、若い女の傲慢不遜な態度は貴族社会では到底認められないことだ。


 レイモンドたちの方には、《キラー・ビー》の他の面々が加勢したらしく、ゴブリンたちは掃討されていた。




 レイモンドたちと合流し、お互いの無事を称え合っていると、現場の状況を検分し終えた《キラー・ビー》のリーダー、ヘキサス・ヘグレサスが、こっちに近づいてきた。

 長身のがっちりとした体躯に見合わない幼い顔付きをしている。

 短く刈り込んだ黒い髪と、刀と呼ばれる緩い曲線状の剣を背負っているところから見て、大陸の端、アマテル国の人間だとわかる。


「すまんな。ほんとはもっと早く加勢できていたんだが」


 彼らは遠巻きにしばらく様子を見ていたらしい。

 クエスト中のクランに加勢してしまうと、報酬のことなどで後で揉めることが多いのだ。なかには、わざと死地に身を置き、強制的にスキルを得ようとする強者も存在するから、クラン間の加勢というのはかなり微妙な事案となる。


「馬車が燃えている時点で襲われているのはわかったんだがな……あんたらの戦い方があまりに鮮やかだったもんでよ、つい、な」


 ヘキサスはレイモンドをまっすぐ見据える。

 そこには互いを認め合う冒険者に向ける眼差しが宿っていた。

 

 それは本来、俺に向けられるべき眼差しのはずだった。


 レイモンドは、俺のことを紹介してくれるかと思った。そうすれば、さっきあの女から受けた屈辱が少しは晴れるはずだった。だが、レイモンドは俺の活躍には触れず、ただ謙虚に彼の賞賛を受け止め、改めて礼を述べただけだった。


 俺は心中でレイモンドを罵り、こいつは人の手柄を横取りするタイプの奴だと決めつけた。実際、今でもあいつにはそういうところがある。


「感謝するならあいつに」


 ヘキサスはそう言うと、何やら熱心に屍と化したゴブリンを検分しているラブレスを指した。


「ラブレスが飛び出さなきゃ、俺たちは加勢しなかったかもしれない」


 名前を知るとまた腹が立ってくる。すると、あれだけお膳立てをしたのにも関わらず、ゴブリンジェネラルを斃せなかったダンのことまでもがムカついてきた。

 

「あんたらこれからどうするんだい?」


 レイモンドは、次の街のギルドで事態を報告してもらうようヘキサスに頼んだ。


「わかった。任されよう」


 そうして、俺たちは日が暮れかける頃までゴブリンたちの死体と一緒に、ギルド職員の到着を待つ羽目になった。


 待っている間じゅうずっと、あの女の冷酷な視線と声が頭から離れなかった――

アンタイアロー: 矢を防ぐバリアを展開。ただし、威力が強いと砕かれる。

ファイヤワールウィンド: 炎のつむじ風を起こす。風の威力は弱い。初級範囲火炎魔法。


ここまで読んでくださってる方いますか?

ありがとうございます!


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