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第二話 寄生虫どもが!

「うーん……」


 質屋の店主スミーノは、俺の質草を眺めながら唸り声をあげた。


「何を悩む必要がある。《ラミスの耳飾り》だぞ」


《ラミスの耳飾り》

 条件を満たした者が身に着ければ、知力を三倍にできるアイテムである。

 これのおかげで、父祖アレクセルは貴族位をもらったと言い伝えられている。

 とはいえ、彼を最後にこのアイテムの恩恵に浴した者が一人もいないのも事実だ。

 口には出さないが、既に効力がなくなっているのだ。もはや、超レアな装飾品でしかない。

 

「……ですが坊ちゃん。こいつは買い手を見つけるのが難しいですよ」


「いいんだ。クエストが終わり次第すぐに買い戻すんだから」


 スミーノは大きくため息をつくと、渋々といった体で、カウンターの下の金庫から袋を取り出しなかの金貨を数える。


「まあ、アレクセルの坊ちゃんなら心配はいらないですかね……」


「物分かりがよくて助かるよ」


「では、きっちりバルバス金貨二五〇枚。期限は一か月です。それを過ぎたら補償はできませんよ」


「ああ、それで構わない」


(後は残りの金を銀行で下ろすだけ、か。)


 神虫クランの連中の有難がる顔を思い浮かべると、居ても立ってもいられなくなり、俺はいつもより足早に店を後にした。





「金貨一〇〇〇枚入っている」


 その日のうちにギルドに戻り、レイモンドの目の前に金貨袋をどすんっと置いた。


 ここで余計なことを言わないのも肝要だ。


「おおっ! 早いな! さすがは我が盟友だ! ちょ、ちょっと待ってろ」


 レイモンドはギルドの階段を駆け上がると、会議室に飛び込んだ。

 神虫クランの幹部たちがギルドマスターを交えて、ツインヘッド・ドラゴン討伐について話し合っているのだろう。


 それまで静かだった階上から歓声が上がるのが聞こえる。

 

(たまらない。)


 弱小クランの冒険者なら目も合わせることができない、あの泣く子も黙る神虫クランの連中が、俺という立役者の存在を知る時がようやく来たのだ。

 

(おっと、焦りは禁物だ。ここでの振る舞い如何で、今後の関係が変わってくる。)


 俺は佇まいを正しながらバーカウンターに行き、何気ない素振りで一番値の張るヨーク酒を瓶で注文する。


「グラスは一つで」


(彼らが下りて来てから、グラスだけ追加すればいいだろう。)


 俺は頭の中で、《キラー・ビー》のリーダー、ヘキサス・ヘグレサスが友好の証に剣を掲げ、仲間に祝杯の音頭を促す姿を弄ぶ。《クリティカル・ビートル》の三兄弟に至っては、こっちの胸が押しつぶされそうな抱擁をしてくることだろう。


(ふふっ、まったく困ったものだ。)


 にやけながら一人でグラスを傾けていると、二階からどたどたと音がする。

 ここは敢えて振り向かず、棚に並べられている酒瓶を見つめながら、思惑ありげにグラスに口を付ける。


 しかし。

 

(足音の数が少なくないか……?)


「アレス! 連中、お前にめちゃくちゃ感謝してたぞ」


 レイモンドの声でようやく俺は振り向く。

 そこには、レイモンドしかいなかった。


「ドラゴンキラーさえあればツインヘッド・ドラゴン討伐なんて終わったも同然だとみんな息巻いてるよ! 俺からも感謝する、兄弟」


 レイモンドは、がしっと俺の両肩を握りしめそのまま抱擁してくる。

 

「……あ、ああ、お役に立てて光栄だよ」


「そうだ!」


 レイモンドは俺の肩を力いっぱい叩くと、身を離した。


「クエストが終わったらドラゴンキラーはきっちり返して貰うことになってるからな、心配するなよ」


「心配なんてしてないよ。コレクションが一つ増えるだけだしね。好きに使ってくれたまえ」


「へへっ、流石は我が相棒だ! じゃあ、俺はこれから打ち合わせに参加するから、またクエストの詳細が決まったら連絡するよ」


 再び俺の肩をぽんっと叩いてから、レイモンドは二階へと戻っていった。


 一階の連中は、二階の喧噪とレイモンドの登場で、まだこちらに注目している。

 俺は何事もなかったかのように、視線に背を向けてからグラスを煽る。


(寄生虫どもが!)


 グラスが軋んだ。


(あいつら俺に、直接礼も言えないのか! なんという不調法者たち。レイモンドもレイモンドだ。なぜ俺を二階へ誘わない。これではまるで資金を調達したのはあいつの手柄みたいじゃないか!)


 怒りで体中が熱くなるのを感じる。


(こんなことなら、断れば良かった……。)


 せめて損失は避けたい。

 しかし、ドラゴンキラーを売却した時に生じるマイナスを報酬で補填してくれなんて、いまさらとても言いだせない。そんなことを言えば、それこそこれまでの苦労――俺の築き上げてきたイメージが全て水の泡だ。


(くそがっ! レイモンドに感謝されるだけなら、金をどぶに捨てたも同じじゃないか!)


 そこで俺はふと思い直す。

 クエスト実行日に、奴らとは顔を合わせることになる。彼らはそのとき礼を言ってくるつもりなのかもしれない、と。

 

(うん、うん。きっとそうだ。今は討伐計画を練っている最中なんだからな。)


 俺は彼らの事情も慮ってやるだけの余裕を失っていたことを反省した。


(まあ、今回は金額が金額だしな。)


 多少の危機感を持つのは悪いことではないが、節度を失うとせっかくのチャンスをふいにすることになりかねない。


(神虫との仕事か……この機会に武器でも新調するか。)


 そう考えると、なんだか気分が良くなった。

 俺は、グラスにもう一杯ヨーク酒を注ぎ、誰にともなく杯を掲げてから一気に煽る。そして、背中の視線を意識しながら、グラスをカウンターに置き、酒瓶を取り置くようバーテンに伝えてから、優雅に振り返ったが――こっちを見ている奴は誰もいなかった。





「今回は俺以外は待機ということになった」


 レイモンドは神妙な面持ちでそう告げてきた。


「まあ、決まったものはしょうがない。今回は任せてくれよ」


 金を渡してから一週間が経った。

 レイモンドに呼び出された場所はギルドではなく、亜人の経営する場末の酒場だった。店員も客も亜人しかおらず、こっちのことに興味を示すような奴はいない。

 

「待てまて、それじゃあ――」


 俺は言葉を飲み込む。

 あまりのことに、思わず本音が漏れそうになった。

 冷静に考えれば、確かに俺のような魔法もスキルも未だに習得していない第七等級の冒険者ごときが、ツインヘッド・ドラゴンに対峙したところで足手まといになるのがオチだろう。


(だが、だが……。)


「安心しろって。報酬はきっちり山分けだ」


(それもあるが、それだけではないはずだ。)


「神虫との仕事だぜ。どうせ俺だって遠巻きに奴らを眺めてるのがオチだって。何もせずに報酬だけ貰えるなんて美味しいだろ?」


(何もせず、だと……こいつ、いま何もせずと言ったのか? 俺の投資はどうなる! 今回の立役者は俺のはずだ。どうしてそのことに触れない。)


「そんじゃ、まあそういうことで。報酬を受け取ったらまた連絡するよ」


「……あ、ああ、よろしく頼む。この機会にレーベストラに避暑にでも行ってるくるよ」


 レイモンドはふっと笑い、いつものように俺の肩をぽんっと叩いた。


「ああ、それがあんたには合ってるよ」


 酒場の代金も払わずに、レイモンドは店を出て行った。


(くそ! くそっ! なんだあいつの態度はっ!)


 心中、これでもかとレイモンドを罵る。

 そもそも、こんな店を選んだ根性が気に入らない。

 

(ここなら俺に恥をかかせないと気を利かせたつもりか? 言い辛いことだったなら、もっと……もっと、あーくそっ! 機転を利かせているつもりだろうが、あまりにも見え透いていて逆効果だと気付いていないのか……なんと愚かな奴だ!)


 俺は誰に憚ることなく、舌打ちをする。

 カウンターの兎人の二人組が俺を見たが、そんなものは意に介さず、荒々しい歩調でその店を後にした。


 汗で肌着がべっとり貼りつく夜だ。どの店も窓とドアを開け放っている。

 ノームの楽隊が演奏する陽気なメロディーがいまは神経に障る。


(ドラゴンキラーがいくらで売れるかわからないが、差額は完全に捨て金だな……。)


 豊満な胸をしたダークエルフの女がしなをつくって挑発してくる。


(今回は大損だ。それは間違いない。だが、まあ……これでセブンデイズ・シケイダの株は上がるか……。)

レーベストラ: 大陸屈指の避暑地。

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