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第一話 これはチャンスだ!

※話数を意識せずに書き連ねたものを分割して投稿してます。


「――それでは、行ってきます。母上」


「ええ、気を付けるんですよ」


 皺と目の下のくまが目立ち始めた母の顔には、かつての美麗な面影はもうない。


「ああ、そうだわ。帰りにメリンダのところで便箋を買ってきて」


「……わかりました」


 母は未だに父に手紙を送るのをやめない。

 魔獣討伐軍としてまだ進軍してると思っているのだ。


「忘れないでね、頼みましたよ」


 俺の父親は、ある野営地で客を取っていた女と逐電した。

 城下でこのことを知らないのは母だけ――いや、母はそれを信じようとせず、現実よりも夢想に寄り添って生きることを選んだだけだ。


 うちはいわゆる没落貴族というやつだが、その原因が父の失踪にあるというわけではない。


 百年続いた大戦で、軍師だった父祖アレクセルは作戦参謀として数々の武功を上げ、貴族位に列せられた。しかし大戦が終わり敵が人間から魔獣になると、それまでの戦術がまったく通用しなくなり、先祖たちは次第に貴族院での地位と発言権を失った。

 今では大貴族に隷属するような形で、なんとか家名存続を許されている数多ある零細貴族のうちの一つに成り下がったというわけだ。


 もしかしたら、父はそういう状況に嫌気が差して、家族を捨てたのかもしれないが、それは俺の憶測に過ぎない。


 我が家は、ほとんどの貴族たちが暮らす郊外ではなく、城下の目抜き通り沿いにある。

 今では目抜き通りの地価が上がったことで越してくる貴族も少なくないが、ここに住むのが斜陽の証であることに変りはない。


 城詰めの貴族たちが目抜き通りをまっすぐ城へと向かうなか、俺は途中でサムセット通りを曲がりギルドへと足を向けた。





「よう、アレス。昨日はありがとよ!」


「昨日はごちそうさま。またおごってねー」


「おっ、また新しいブレストプレートか? 相変わらずの羽振りだな」


「昨日のやつかなり反省してるみたいだぜ。酒は飲んでも飲まれるなってやつだ」


 笑みを浮かべたり、肩をすくめたりして通りに(たむろ)している冒険者たちに応えていると、入り口の前で顔馴染みの冒険者が暗い面持ちで近づいてきた。


「……なあ、アレス、ちっと懐具合がまずくってよ……少しだけいいかな?」


 俺は優雅な仕草で、バルバス銀貨を五枚握らせ、こう言い添える。


「君に余裕のあるときでいいからね」


「悪りぃな。恩に切るぜ」


 これでまた一人味方が生まれた。

 剣と魔法に負けず劣らず、ここでは金も力だ。


「アレスこっちだ、こっち!」


 ギルドに入ると、レイモンドが大声で呼びかけてきた。


 等級は俺よりも二つ上の第五。

 冒険者らしくない細面の男だが、剣技や初級の火炎魔法を習得している。

 何より荒くれ者が多い冒険者には珍しく、気遣いができる。


 この城下で()()と呼ばれているクランの一つ――俺が所属する《セブンデイズ・シケイダ》のリーダーだ。


 《セブンデイズ・シケイダ》は、弱小とされてはいるが、他の弱小に比べると馬鹿にされることは少ない。それもレイモンドの抜け目なさと俺の財布の力の賜物といえよう。


「おいおい、またブレストプレート新調したのかよ……まあいい、とにかくこれを見ろ」


 レイモンドは、一枚のクエスト依頼書を俺の前に置いた。


「つ、ツインヘッドドラゴン討伐!? 難易度SSSの案件じゃないか! レイモンド、君まさかこれを受ける気じゃないだろうね?」


「そのまさかさ。ただし俺たちだけじゃない」


 レイモンドは親指で後ろを指す。


 バーカウンターの方に目を向けると、ここライデル王国で一、二を争うクラン、《キラー・ビー》と《クリティカル・ビートル》の面々が、雄々しい声を上げながら騒いでいる。


 そのなかに、神妙な面持ちでこっちの様子を伺っているのが数人。

 クランの幹部だろう。そして――


 ラブレス・ラブリ。

 彼女から背筋が凍りそうな視線を受け、俺は思わず目を逸らす。


(チっ、いけ好かない女だ。)


「そう、神虫クランから直々の依頼だ。うちみたいなクランには願ってもない案件ってわけだ」


 第一、第二等級しか所属を許されない神虫クランが、俺たちみたいな弱小に声をかけてくることなんてまずないはずだ。


 ということは。


「向こうの提示してきた条件はなんだい?」


「ドラゴンキラーさ」


「なるほどね」


 ドラゴンキラーなんて滅多に使う機会がないのに希少価値だけがやたらと高い武器を持っているクランなんてこの国にはいないだろう。


「彼らもいくつかの貴族に融資を願い出たらしいが……骨折りだったみたいだ。まあ、近頃は、お偉方の関心事といえば魔道具一辺倒だからな」


 レイモンドは椅子に深くもたれると、頭の上で手を組んだ。


「このご時世、クランのパトロンになろうなんて道楽者はそれこそドラゴンキラーくらいレアさ」


「そこで、魔道具に投資もしておらず、冒険者の事情も理解している貴族に白羽の矢が立ったというわけだね」


 レイモンドは「察しがいいな」とばかりにニヤっと笑う。

 俺は肩をすくめ、やれやれといった体を装いそれに応えた。


「ドラゴンキラーのいまの相場は?」


「バルバス金貨一〇〇〇枚だそうだ。それだけあれば足りるらしい」


「なるほど……それじゃあ用意してくるよ」


「話が早くて助かるよ。すまないな、いつも」


 颯爽と踵を返して入り口に向かう。

 ここはあえて、神虫クランの連中の方には目もくれない。

 こういう機微にこそ余裕という名の品は宿るのだ。

 

 外の通りには、いつの間にか暇を持て余した冒険者たちがうじゃうじゃいた。

 人込みをかき分け、足早に目抜き通りまで戻ったところで、俺は心の中でガッツポーズをする。


(これはチャンスだ!)


 神虫クランに恩を売れる機会なんてそうそうない。


(ふふっ、これであの女も少しは態度を改めるだろう。)


 ラブレス・ラブリが態度を改める姿を思い描き、思わずニヤけてしまう。


(それにしても金貨一〇〇〇枚か……手持ちと金庫の中身を合わせれば八〇〇……残り二〇〇は、まあアレを売ればなんとかなるか……。)


 しかし、アレを売るということは家の蔵をほとんど全部開けることを意味する。うちのような没落貴族にとって、金貨一〇〇〇枚というのは全財産に等しい。


 格好つけたのはいいが、リスクがとんでもないことを今さらながら実感する。

 それでも、奴らに恩を売れるなら、それくらいのリスクは仕方がないだろう。

 

 クエストで誰かが必要経費を払った場合、報酬で返してもらうのが一般的だが、今回の経費は高すぎる。

 ツインヘッド・ドラゴン討伐の報奨金が、金貨五〇〇枚から金貨八〇〇枚に値上がりしたとはいえ、報酬は山分けとなると、ドラゴンキラーの費用は到底まかえない。使用後にドラゴンキラーを売却したとしても、購入価格よりは絶対に下がる。半額なんてのはざらだ。


(売却後のマイナス分は全員の取り分からカバーしてもらえばいいか……。)


 一瞬そう考えたが、すぐに考えを改める。

 

(いやいや、そんな余裕のないところを見せるわけにはいかない。ここは損失も覚悟しておくべきだろう。)


 この話を持ちかけてきた時点で、向こうも経費を負担する気はないに決まっている。


 結局、金一〇〇〇枚から、俺の報酬の取り分とドラゴンキラーの売却代金を引いた額が、今回、神虫クランに売る恩の額ということで自分を納得させた。

↓ あまり重要じゃないですが、一応。


等級: 第一から第十まで。

バルバス:この物語の舞台であるライデル王国のみで使える通貨。大陸共通通貨と区別される。

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