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第十二話 俺はずっとムカついていたんだ

 なんの実りもないことに金を使い続けてきた男の末路が目の前に広がっている。

 信念、目標、気品、そして金……すべてを投げ捨てたようなものだ。


 ようやく気付いた己の戦略の才にしても、結局はただの幻に過ぎなかった……こんなところに来なければ、或いは自分の才という幻想ぐらいは残ったかもしれないが、もはやそれすら霧散した。


 目の前の光景を見れば明らかだ。

 俺の策は失敗したのだ。


 いつも、あと一歩のところで手が届かない。目に見えない力が、俺という存在を嫌っているという気さえしてくる。


「くそがっ、くそ、くそ、くそっ!!!!!」


 膝を付き、怒りに任せて地面を殴りつけた。


(俺はずっとムカついていたんだ。)


「ーーーーーーっ!!!」


 ツインヘッド・ドラゴンが咆哮を上げる。

 勝利を確信したのだろうか心なしか音程が高い。


(俺はずっとムカついている――――自分自身に!)


『スキル取得』


 突然、頭のなかに声がする。

 スキルを得たときに聞こえるという神の声。

 ずっと期待し、もうとっくに諦めていた声が頭のなかに響いた。


『ゼニナゲ』


(ぜ、ぜになげ??)


 神の声はそれだけだった。


 ツインヘッド・ドラゴンが、倒れているラブレスの方に向かうパームに気づき、首をゆらりと動かした。


(迷っている暇はない!)


「うあああぁぁ!!! ぜになげええええっ!!!!」


 叫びながら無我夢中で、手の平を前に突き出してみた――が、何も出ない。


 突然。

 腰に巻いている道具入れを突き破って、バルバス銅貨、銀貨、金貨――俺の手持ちの硬貨がすべて、光の尾を引きながらものすごい速さでドラゴンに向けて放たれた。


 ツインヘッドドラゴンが炎を吐くために頭をのけ反らせたとき、硬貨がすべてその胴体に直撃し、


「―― ―― ――ッ!」


 ツインヘッド・ドラゴンの体を浮き上がらせ、そのまま岩壁に叩きつけた。

 呻きと同時に、口から小さな火柱が漏れる。だが、やはりダメージはなさそうだ。


 俺は走り出していた。

 ほぼ同時に、ヘキサスとハンドラ兄弟たちが、高速で俺の横を駆け抜けていくのが見えた。


(仕留めるにはあれしかないんだ。)


 態勢を立て直すより先に、ツインヘッド・ドラゴンはその巨大な尾を振った。


「「「トリプル・バースト!!」」」


 三つの塊が尾を弾き返す。


(早く、早く、早く!)


「受け取れええええっ!」


 全速力で走る俺の前方に、求めていたものが突き刺さる――折れたドラゴンキラーの刃。


 俺は足を止め、道具入れをまさぐり、膜で覆われたスティッキースライムの欠片を取り出した。それから、もう一つ必要なものを探す――


 視界の端が明るくなり、俺はそっちに目を向けるまでもなく、それが炎であることに気づいた。だが、俺は自分のポケットを探るのを止めない。


「ファイアエレメンタル・シールド!!」


(くそっ! あれで全部だったのか……。)


「アレクセル!!」


 声のする方から、きらっと光る何かが弧を描いて飛んできた。

 足元に落ちたそれを拾い上げ、手を開く――バルバス銅貨一枚。


 すかさず、道具入れからスティッキー・スライムの欠片を折れたドラゴンキラーの刀身に押しつける。膜が破れ、ぶよぶよした粘液が溢れ出した。そして、そこにバルバス銅貨を貼り付ける――が、焦っていたせいで、一緒に手のひらも貼りついてしまった。

 どうにか剥がそうと試みるが、びくともしない。


(やばい、やばい、やばいいいいいっ!!!)


 そのとき突風が起こり、俺は後方に吹き飛ばされる。


「スノーボール!」


 吹き飛ばされた着地点に雪の塊ができ、俺はそこに頭から落下した。

 雪の中から顔を突き出すと、奴は翼を大きく広げて空に舞い、こっちを見下ろしながら頭をもたげた。


(やるしかない。)


 俺は手に貼りついたドラゴンキラーの刀身を奴に向ける。

 

「ぜになげええええっ!」


 腕が引っ張られて千切れるかと思ったときには、刀身が俺の体ごとツインヘッド・ドラゴンに向かって飛び出した。

 顔の皮がはげ落ちて、骨が剥き出しになりそうな風圧……あっという間に奴の腹が目の前に迫ってくる――


 ぼぐんっっ!!


 トンネルを抜けたように一瞬感じた。

 正面には濃い橙色に染まった空と雲。

 視界の左には広大なトゥワイライン湖が見える。


 加速が急激に弱まり、俺は後ろを振り向いた。

 ツインヘッド・ドラゴンの腹に巨大な穴が開いていた。

 翼をぐったりと閉じると、それは地面に向かってきりもみ回転しながら落ちていく。


 そして、刀身に貼り付けたバルバス銅貨が光の粒になって消えると、


「ッ!? んあっ……………………!!」


 俺も頭から真っ逆さまに落ちていく。

 地面が近づくにつれ、股間から全身にかけて電流が流れる。

 もはや声すら出ないほどの恐怖。


(だめだ……死んだ……。)


 そう覚悟したとき、優しく温かい光が体を包み、ゆっくりと落下速度が落ちていく。

 そして、俺は生まれて初めて気を失った。

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