第十話 もらった!!
ツインヘッド・ドラゴンは、初めこそ消えた敵を探して暴れまわっていたが、いまは元の位置に戻り、周囲を警戒するに留めているように見える。
インビジブル・フォートが解けると、全員が一気に散開した。
『――フォルケンさんが言うように、あれが知性のない魔獣だと思うのが間違いだ』
と、数分前、俺は皆に説いた。
この生物は両頭がそれぞれ知能を備えた生物であり、こっちの思惑や行動パターンを理解している。我が家を没落に導いた、そこいらの脳なしの魔獣たちとはわけが違う。
『だが、だからこそ――出し抜けるんだ』
我が家に伝わる策略の心得に、
【有能な敵よりも、無能な敵に注意せよ。彼らは時に想像が及ばぬほどの愚行に出ることがあるからだ】
というものがある。今回はこれが使える。
つまり、逆を言えば、有能な敵ほどこっちの想定通り行動してくれるということだ。
「「ーーーーーーーっ!!!」」
いきなり敵が現れたことで、両頭が同時に空気を震わせるほどの怒号を放った。
フォルケンが氷結魔法で、足元に氷塊を作っていく。直接当てても、無効化能力で瞬時に消されてしまう以上、彼に出来ることはこれしかない。
(だが、いまはそれで十分だ。)
同時に、ハンドラ兄弟が回転しながら胴体に突撃する。
ハンドラ兄弟の必殺スキル《ヘビー・バースト》
城門城壁ですら一撃で穴を開ける彼らの必殺技も、このドラゴンにはまったくダメージを与えない。ただ行動を阻害するのみだ。
『君たちがドラゴンキラーで攻撃したら、間違いなく無防備なところを狙われるだろう』
《ヘビー・バースト》とドラゴンキラーが合わされば、あのドラゴンに相当のダメージを与えることができるだろう。しかし、この技は敵のカウンター攻撃に対して無防備すぎる。ヘキサスもそのことを理解していたらしく、俺の発言に静かに頷いていた。
(フォルケンとサンドラ、カンドラの攻撃は、奴に今回も同じだと印象づける……。)
そして。
ヘキサスは剣を抜かずに、相手の隙を狙うかのように飛び回る。両爪両頭に狙われるのは、敵が四匹いるようなものだが……さすがは、第一等級である。その悉くを巧みに躱し、さらに剣を抜かずして、視線と闘気で相手にフェイントを入れさえする。
案の定、両頭とも注意は完全にヘキサスに集中している。
(よし、いいぞ!)
身を躱しながらも、状況を的確に見ていたヘキサスが腰に手を当て、剣を抜く素振りをする。
今までヘキサスの攻撃が当たらなかったのは、ドラゴンキラーが近づくたびに、奴が口から火炎攻撃を仕掛けてきたからだ。パームのシールドが展開されている間は、ヘキサスは攻撃ができなくなる。そうして、何時間も同じ攻防が続いていたのである。
(だが、それもここまでだ。)
ツインヘッド・ドラゴンの片方の首が、炎を吐き出すためにのけ反った――その瞬間。
「ヘビー・バースト!!」
死角からアンドラ・ハンドラが、その首に高速で体当たりをする。ダメージはまったくなさそうだが、分厚い胴体と違って、首はその衝撃でぐんっとさらに後ろにのけ反る。
フォルケンの氷塊で誘導し壁際まで後退せていたから、ズガーンっ、と片方の首が、折り曲げた指みたいな岩壁の間に挟まれるようにして衝突した。ツインヘッド・ドラゴンは、その首を前に動かそうとしたが、後ろに引っ張られ、再び衝撃音が響く。
(もらった!!)
自由なほうの首の攻撃を躱しながら、ヘキサスは剣を抜き、岩に貼り付いた方の首へと襲いかかる――
数分前。
『このスライムの欠片を全部あの辺りの岩壁に貼り付けてくれ』
ラブレス・ラブリは無表情で頷いた。
『ははっ、まさかラブレスを工兵扱いする奴がいるとはなっ!』
ヘキサスのからかいにも彼女は動じない。
『それで斃せるなら従うまで』
攻撃を察知したツインヘッド・ドラゴンは、自由な方の顔を、襲いかかるヘキサスの方に向け、鋭い牙だらけの口腔を開いた。
「ファイアエレメンタル・シールド!」
渦巻く火炎は深紅の盾で分断され、後ろに流れていく――
『工兵扱いだって? そんなつもりはないよ』
俺はずっとムカついていた女の目を正面から見つめた。
『この剣は君に預ける』
どこからともなく、ラブレス・ラブリが、貼り付けられている首の前に躍り出た。
抜き身のドラゴンキラーが光によって包まれ、何倍もの大きさに膨れ上がったように見える。
「限界斬破」
横一閃。
ラブレスの一刀が後ろの岩ごと首を両断した。
切られた首を岩壁に残したまま、切断面から緑の血を噴き上げ、ツインヘッド・ドラゴンは態勢を崩す。
「――――――――――ッ!!!」
残った頭の陰惨な咆哮。
下降したラブレスは、フォルケンの生み出した氷岩を発射台にして、残った首に斬りかかった。
(仕留めた!!)
俺は勝利を確信した。
が、そのとき。
ツインヘッド・ドラゴンは、両翼を突き上げるように広げ、ばさっと正面に向けて羽ばたかせた。
烈風が吠え狂い、ラブレスは吹き飛ばされる。
風はこっちにも届き、俺は腹ばいになり飛ばされないようにするのがやっとだ。おまけに大量の砂ぼこりが舞い上がり、完全に視界は塞がれた。
「ラブレスっ!!!」
思わず、俺は彼女の名前を叫んだ。
「フリージング・ウェイブ!」
フォルドア・フォルケンの声と同時に、砂塵が氷結し、霰のように地面に落ちてくる。
視界は一瞬で晴れたが、俺はその状況に慄然とした。
前衛の四人――ヘキサスとハンドラ兄弟は、翼の烈風をもろに浴びて吹き飛ばされたのか、姿が見えない。ラブレスは岩壁に打ち付けられたらしく、その下で這いつくばっている。
そして。
ツインヘッド・ドラゴンの口端にはドラゴンキラーが咥えられていた。
ガギっっ!!!
「なっ……」
ツインヘッド・ドラゴンの牙に挟まれたドラゴンキラーが音を立てて二つに割れた。
唯一の有効な武器が打ち砕かれた瞬間に、俺は呆然として呟く。
「ああっ……金貨一〇〇〇枚が……」
全財産――といっても差し支えないほどの額の投資をした武器。
討伐後に売却してもなお損失のほうが大きい武器。
俺が払ってきた代償の結晶ともいえる武器――が目の前で、いともたやすく二つに割られ、落ちていく……
フリージング・ウェイブ: 中級氷結範囲魔法。扱い慣れていないと、仲間や足場を凍らせてしまい、窮地を招くことも。
スティッキースライムの欠片は、経年劣化します。あと、ドラゴンほどの力で引っ張り続ければ数分で剥がれます。
ここまで通して読んでくださってありがとうございます。