第九話 こんなところで引いてたまるか!
「――ごめん。気付いてたけど、気を緩めたら殺される」
インビジブル・フォートの中に入ってきたラブレス・ラブリが俺を見るなりそう言った。
「来てくれた……ありがと」
息を切らせ、片手で汗を拭うラブレス・ラブリ。手の煤が顔に移ってしまい、なんとも間抜けなことになってしまってはいるが。
(美しい……いやいや。そんなことはどうでもいい。な、なんだ、このしおらしさは!! いつものゴミを見るような目付きはどうした?)
俺は自分が置かれている状況を一瞬、いや、二瞬ぐらい忘れてしまった。なぜだかわからないが、こっちが彼女の本当の姿のような気がしたのだ。
「……ははっ、もちろんですとも……自分の武器がどう使われているのか気になりますからな」
俺の内心の動揺をよそに、場は騒然としていた。
「くそ……ありゃどうしようもねえな」
「ヘキサスっ! てめえいい加減その得物をこっちに渡したらどうだ? 掠りもしてねえだろうが!」
「兄者の言う通りだ、ヘキサス殿。ここは我らにお任せください。兄者の兜にドラゴンキラーを付ければ必ずや打ち取れる」
「そうだ、そうだ! 俺たち兄弟の攻撃が一番当たってるじゃねえか!」
「……いや、あのドラゴンは思っていた以上に知性がある。たとえ、おたくのリーダーがドラゴンキラーを使ったとしても、今度はそっちが警戒されるだけだ」
「ああん? フォルケン、おめえの氷結魔法なんてくその役にも立ってねえだろ。黙ってろ!」
「な、なんだと、貴様! ああすることで奴も足元に注意を向けざるを得んだろうが! それによって、首の攻撃にも影響を及ぼしているんだ!」
とてもではないが、割って入れるような雰囲気ではない。
「皆さん。このまま水掛け論に興じるには些か事態は急を要しているかと存じます」
全員の回復を終えたパームが立ち上がる。
「いまここで話すべきは、戦闘の継続か退却どちらを選ぶか、ですわ」
「「「「退却はねえっ!!」」」」
ヘキサスとハンドラ兄弟の完璧なユニゾン。
「で、あるならば――どうやって、ですわね」
「さ、策ならある!」
皆が動きを止め、俺に注目する。
「あんた……俺たちが本当に誰だかわかってるのか?」
次男カンドラ・ハンドラが凄んでくる。
長男サンドラと同等の実力を持ち、単独でハウンド・ウルフとサハギンの群れ百匹近くを討伐したのはギルドでは伝説だ。
「ああ、わかってるよ、カンドラ・ハンドラ」
(こんなところで引いてたまるか!)
「しかし神虫と呼ばれているあんたらがいま苦戦してるのは事実だろ? そ、それに――」
カンドラの鼻腔が膨れ上がり、ふーふーと音を立てている。今にも襲い掛かってきそうな雰囲気……。
「わ、わた――いや、俺はそのドラゴンキラーの出資者だ! 口出しする権利はあるはずだ」
「アレクセルの策、聞いてみたい」
ラブレス・ラブリが前に進み出た。
俺は思った。
やはり、昨晩、彼女は俺を誘いに来ていたのかもしれない、と。
ヘキサスがドラゴンキラーを地面に突き刺す。
自分で金を出しておいてなんだが、見るのはこれが初めてだ。
バスタードソードのような剣をイメージしていたが、この剣はどちらかといえばロングソードに近い形状をしている。だが、青白い魔光を放つその刀身は、そこいらのロングソードなんかとは明らかにモノが違う。これは、間違いなく名のある霊工の仕事だ。
「確かに俺たちは全員あんたに借りがある……いいだろう。で、誰がこの剣を使うんだい?」
ヘキサスが自ら剣を手放してくれたおかげで、ハンドラ兄弟からは特に反対は起きなかった。それに冒険者というのは、等級の高い者ほど律儀な傾向がある。さすがに、所有者の言を無碍にはしないということだろう。
「……もちろん、誰が剣を使うかというのは大事だ……でも、もっと具体的な策がある」
俺はリュックをひっくり返し、なかのアイテムを全部出した――ほとんど同じアイテムだ。
「スティッキースライムの欠片……」
フォルドア・フォルケンが呟いた。その声音からして、若干がっかりしているようだ。
《スティッキースライムの欠片》
スライムのなかでも粘着質の強い種の欠片。加工段階でその粘度が調整され、用途別に分けられてどこの街の道具屋でも売られている。戦闘だけでなく建築や日常生活まで幅広く利用されているアイテム。
俺が持ってきたのは、なかでも最粘度を誇る一般では手に入らない種類だ。
「これが作戦の鍵になる」
俺はその一つを掴み上げると、皆を見回した。