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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕を殺して

作者: 鷹希





「だから……もう、いいんだ…………」





そう言って、君が穏やかに微笑むから


いつだって真っ直ぐで

何事にも全力で

満開の花が咲くような

そんなキラキラと眩しい笑顔ばかりを見せていた君が

そう言って、静かに涙を零すから




だからボクは決めたんだ




必ず、壊してみせるって


絶対に、許しはしないって


ボクは誓ったんだ




この世界を、殺し尽くしてやるのだと……








「君が知りたかった真実とやらはこれで全てだよ」


君が望んでいたものとは、だいぶ違っていただろうがね?




あちこちで崩落の音が木霊する。

炎が燃え広がり、全てが灰に還りゆく音がする。

明るく煌びやかでありながら、どこか厳格な雰囲気を醸し出していたあの美しい城の姿は、もはや見る影もない。

そして、それは城だけにはとどまらない。

高台からは、そこかしこで煙が上がり、多くの建物が押し潰されるように倒壊している城下が見渡せるだろう。

人々は血にまみれ、憤怒と嘆きの涙を流しながら、一人また一人とその命を終えていく。



まるで地獄の底のような光景。

あるのは絶望と死のみ。



その様を遠見の魔法で中継しながら、己の目の前に倒れ伏す者達にひどく冷めた声色で朗々と語り続ける者がひとり。


破壊されていない物が無いだろう程に傷だらけのその玉座の間が、それ以上に傷だらけの者達で埋め尽くされている。


ある者は腹から血を流し、ある者は腕や脚を失い、そしてある者は首から上が存在しない。


生きている者の比重の方が圧倒的に少ない、屍で溢れかえるその場所で、ただひとり、傷一つないその存在は、壊れた玉座にもたれかかりながら、何の感情もうかがえない瞳で全てを観ていた。


「この国が、この世界が、彼を勇者に選んだ。勝手に望んで、勝手に決めて、そして勝手に強制した。彼には何の選択権もなく、そしてまた拒否権すらなく、彼は彼の意志とは関係なく勇者にさせられた」


抑揚のない声で、色の無い瞳で、ただただ事実だけを語る。


「彼は優しかったから、民が困窮しているという愚王達の言葉を無視できなかった。


彼は正義感が強かったから、罪のない民たちが犠牲になる事は受け入れられなかった。


彼は強い心を持っていたから、たった一つの約束を胸に成し遂げてしまった………………約束が、なんの意味もないのだと知る、その時まで」


憎悪だった。

一瞬の沈黙、その静寂の最後の言葉は、まるでその言葉そのものが呪詛かのように、聞いた者の身を蝕むほどの憎しみが込められていた。


どこを見るともなく観ていたその者が顔を上げる。

多少の傷はあるが、その者以外で唯一人の形を保つ存在に視線を向ける。


「これで分かったかい?君のお兄さんがこの世界に召喚されてどういう扱いを受け、そしてどういう最後を迎えたのか」


その瞳には、ほんのわずかな同情と嫌悪、そして懐かしさが複雑に混ざりあっていた。


「彼はたった一つの、"全てを終えた暁には元の世界に帰してやる"というありもしない、叶えるつもりもない、叶えることなどできない約束だけを胸に全てを成し遂げた。この国に蔓延る瘴気の化身たる魔のものを屠り続け、ついには瘴気の元である魔王すらも滅ぼした…………そして、その瞬間に裏切られたんだ、彼を監視していた愚物どもの配下によって」


今はもう原型すらとどめていないそれらに憎悪の視線を向けながら、己の拳を強く、強く握り締める。


「ボクは全てを観てきた。最初から最後まで、彼の始まりと終わりをずっと観てきた。ボクはそういうモノだったから。世界が正しく廻るために必要な事だと、誰もが彼自身のことなんて考えていない中で、ボクもただ観ていただけだった。ボクは次代で、母たる世界樹が傍観することを望んだ以上、それにただ従うだけだった。そのはずだったのに………」


俯き、拳を強く握りしめ、まるで何かに耐えるかのようにして紡がれるのは、懺悔。


「最後、本当の最後に、彼に近づいたんだ。ずっと観ていただけだった彼に近づいて、ただ観ているだけしかできなかった彼に近づいて……最後くらい、彼の望みを叶えてあげたかったんだ」


それは悲しみ


本来、世界樹の次代にあるはずのない個の心が生まれた瞬間


それは後悔


もう、何もかもが遅すぎて、誰にも何も救いのないはずの最後


「間に合わないかもしれないけれど、君を帰す、と。最後は彼の生まれた地で迎えるといい、と。僕はそう彼に告げた。もう遅いけれど、あんなにも帰りたがっていた彼に、最後の願いを叶えてあげようと………でも彼は首を横に振った」



もう、いいのだと



「もう、自分が助からないことは分かっているから、ならばわざわざ自分の死を故郷に、家族に届ける必要はないのだと。ただ行方不明のまま、時間によって自分のことを故郷のみんなが忘れるように、死を届ける必要はないのだと」


小さな雨が降る


その雫の元、荒廃した部屋に瘴気が生まれる


「そう言って笑ったんだ、彼は」


雨はやまない


もう誰にも止められない


「だから、だからボクはもう、この世界を愛せない


この世界の全てのいきものが憎い


最後まで、彼の終わりまで何もしなかった己が憎い


何も知らない、何も悪くない彼を犠牲にしたこの世界も、それをただあるがままにと傍観していた母も、全てが憎い


憎くて、憎くて、悲しくて


ボクは、気がついたら彼が滅ぼした魔王になっていた」


だからね


そう、優しく、無感情に、憐れむように


「ボクはこの世界の全てを壊すよ


彼が救ったこの世界の全てを壊す


彼を裏切ったことを、全てのいきものたちが後悔するように


もう誰も、彼のような人が生まれないように


もう誰も、ボクのような存在が生まれないように」


君はどうしたい?


新しい魔王と勇者がこの場に揃っている


この世界の全ては君にかかっていて


でもこの世界は君のお兄さんを殺していて


君がどうしてと叫んで悲しんだ、もう息をしていないそれらは君のお兄さんの仇だった


ボクを殺しても君は帰れず


ボクを殺さなくても、もうここに君の居場所はなくて


さぁ



「君はどうしたい?」






そして君も、自由になって






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