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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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守護天使様の御高説


同日、正午

オースタニア王国

ジャンバラード城内地下牢



バラシーとクリスナーに連れられたドハーティーがターシアの捕らえられている地下牢の前へと立つ。

腕を組んで立ったまま考えていたターシアは

「……ほら来た。いつか来ると思ってたわ」

チラッとドハーティーを見つめる。

「ターシアさんや、どうせこんな状況になるとあんたも分かっていたじゃろ?」

「でしょうね。"入れ替わり"の時期だもんね。あんたは、無駄な抵抗だと思う?」

ターシアはニヤニヤしながら

小柄な体で格子越しにドハーティーを見上げる。

「……オクカワ・ユタカ次第じゃろうな。果たして、女神様に比類するほどの力があるか……」

「まあ、どっちでもいいわ。我々にしてみれば、主人が入れ替わるだけだし」

ドハーティーは苦笑いしながら

「とは言え、我ら人にとっては他人ごとではない。排除に失敗すれば、滅ぶだけじゃ」

「……ブランアウニスがねー。すっごい、姑息なことして来てねー。"天磨極石"をなんと、前金で2、成功報酬で7もくれるんだって」

ドハーティーは楽し気に腕を組み、丸眼鏡越しに少し、ターシアの背後の壁を見つめてから

「……奥の手の一つじゃろ?それをあんたに全て託すと?」

ターシアは嫌そうに顔を歪め

「あの、クソ悪魔に奥の手が何本あると思ってんのよ。どうせ、私を利用したいだけよ。愛しい人が逆さの楽土に消えた後にね……」

ドハーティーは真面目な表情になり丸眼鏡を指で軽くずらし

「……ワタナベとクマダを、わしと殺さんか?数日以内に、近くの谷に来るのは聞いとるじゃろ?」

ターシアは嫌そうな顔で

「さっそく石を一つ使うことになりそうね。どうせ、そこに居るカスどもは行っても死ぬだけでしょうし」

ドハーティーが苦笑いしながら、首を横に振り

「オースタニア軍の少数精鋭には同行してもらうよ。残念ながら、わしらだけではあやつら2人同時は荷が重い」

バラシーがビクビクしながら

「わ、罠は私が考えている!それに、ここに居るクリスナーは強力な剣士だ!」

腕を組んだターシアが顔を歪め、首を傾げながら

「……結構な数、死ぬけどいいの?私とこのジジイだけに任せとけば最悪このジジイが死ぬだけで、1人は殺せるけど」

「オ、オースタニア王国としては、帝国の穏健派の重鎮であるドハーティー卿を殺すわけにはいかないのだ。わ、私が身代わりになってでも、傷はつけさせない」

バラシーが震えながら言い切るとターシアはニヤニヤ笑って

「認識を完全に間違ってるけど、まあいいわ。オクカワ・ユタカは、あのクソ悪魔が罠にかけて封じてるんでしょうね?あいつ来たら、どうしようもないけど?」

ドハーティーが頷くと

「はいはい。じゃあ、殺りましょうか」

と鉄格子を両手で軽く曲げて、自ら出てくる。

バラシーの前にサッとクリスナーが立つと

「……獲って食ったりはしないわよ。じゃあまずは、ワタナベを殺すために原子力を利用した核兵器とそうねぇ……。劣化ウラン弾やクラスター爆弾とかの恐ろしさからあんたら二人に教えてあげるわ。ついでに各種毒ガス兵器もね。機雷や地雷とか設置型兵器も知っとく?あいつらの住んでた煉獄ってとこは、想像以上に悍ましいとこなのよ」

ドハーティーが微笑みながら頷いて

「わしも、拝聴したいが」

「あんたは知ってるでしょ。まぁ、いいけどね。あと、石二個さっさと持ってきなさい」

クリスナーが頷いて、通路を走って行った。



数時間後、午後

ジャンバラード城の小会議室



上座に座ったターシアから煉獄についての講義を受けたバラシーが手に持ったハンカチで拭うのも忘れて、ボロボロ涙を零して泣いている。

クリスナーは腕を組んだまま一言も発しない。

ドハーティーはニコニコしながら

「そうか、彼らは第三次世界大戦より前の人間たちか」

「……楽しげにそこの木偶が自殺しちゃうようなこと言わないの」

ターシアは嫌らしい顔で窘めて、黙ってバラシーを見つめる。

「爆弾とか銃とか飛行機については分かったでしょ?そして人種とか、主義主張、宗教とかの違いで煉獄では、たびたび何十万人~何千万人も死ぬような人が人を殺す、大戦争が起きてることも」

「なっ、なんてとこだ……何という地獄が……」

バラスィはブルブル震えだした。

ターシアは鼻を鳴らして

「煉獄では、淘汰して進化してを繰り返すのよ。まあ、そんな馬鹿なことばっかりやってるうちに煉獄の、通常時は平和な大地がダメージをどんどん負うわけね。そして文明の重さに地表が耐えきれなくなると……」

ドハーティーがニコニコしながら

「北の血の底からメタンハイドレート……いや毒が撒かれて灼熱地獄となり、滅びるというわけじゃ。そして、また長い年月をかけ、一からやり直す。なので"煉獄"と呼ばれる。焼かれ続けて、苦しみ続けるが、糧は無い」

クリスナーが不思議そうな顔で

「そんなに色々造れるほど賢くなったのなら、空の果てにはいけないのですか?そっちに逃げればいいのでは?」

ターシアがニヤニヤしながら

「空の果て、つまり宇宙に出て、他の母星が見つかるほどの文明に成長できれば、それも可能なんだけどね。大体、そこまでいかないのよねー」

バラスィがようやくハンカチを両眼を拭って

「で、でも煉獄に居る人たちも人間の類ならば、そんなに愚かではないはず!スベン将軍のように、誰もが何とか生き残れる道を必死に探すはずだ!」

テーブルの奥にターシアに食い入るように言うと

「……ま、そういうレアケースもあるにはあるけどね……稀ね。どの場所でも人間って言うのはゲスな欲望に邁進するゴミのような存在だからね」

クリスナーが嘲笑った顔をしながら

「ターシア様、人間を決めつけ過ぎでは?それに、司令官代理をいじめるのに徹しすぎて、まだ、クマダとワタナベへの具体的な対策を聞いておりません」

ターシアが顔をしかめ

「あんた、つまんないやつねぇ。もっと天子様の深い知恵に怯えなさいよ」

クリスナーは真顔で

「天子様、我々人間は、目の前の問題に対処するのに精一杯なのです。煉獄から来た子供たちが一人でもいると民たちが安眠が出来ずに困っているのです。我々2名は、奴らを殺すためならば命をも賭す覚悟です」

ドハーティーはニコニコしながら

「ターシア、我々人とは健気な存在なのじゃよ。その日の食にも日銭にも、そして病にも困ったことのない天使のそなたには分からぬことだろうが」

ターシアはわざと聞こえるようなでかいため息を吐いて

「……はいはい。守護天使様の御高説は要らないのね?知らないわよー?あとで後悔しても。今後、生き残るための知恵が散りばめられてるかもよー?」

そして何かを言おうとしたタイミングで

クリスナーがスッと立ち上がり

「皆様、昼食がまだでしたね。持ち込ませましょうか?」

「んぐぐぐ……」

ターシアが真っ赤な顔で何か言おうとして

ドハーティーが手で制しながら

「守護天使殿、人には休息が必要じゃ」

「チッ。そうね。小賢しいガキどものために待ってあげるわ」

ターシアは横を向いた。

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