ターシア
深夜
ジャンバラード城内地下牢
石造りの狭い牢屋のベッドでムクリと少女の様なターシアが起きた。
真っ白なローブのみを着た彼女はボサボサの髪をかきながら裸足で立ち上がり鉄格子の向こうの誰も居ない通路を見つめる。
太い石柱の陰に目を細めたターシアは
「あーそういうことか。石の質から言って、オースタニアのどっかの城でそこに隠れてるあんたは、オースタニアの関係者ね」
真っ赤な下地に金の刺繍がされて沢山の勲章がついた士官服姿のバラシーが出てきた。
長身のバラシーはビクビクしながら格子の前へと出てきて
「オースタニア王国軍代理総司令のバラシーです……あ、あなたは……」
ターシアは腕を組み、格子の近くまで歩いていくと長身のバラスィを小柄な体で睨み上げ
「……ただの人間か。で、悪魔たちは消えたんでしょ?煉獄の子供たちに無茶な襲撃を仕掛けて」
バラスィは顔を半分隠したボサボサ髪の毛先を触りながら
「うぅ……ブラウニー公はやはり悪魔だったのかルバルナ摂政代理も……」
ターシアは顎をあげ品定めするようにバラシーを見つめると
「頭は悪くないようね。で、何?私にどうして欲しいの?言ってごらんなさい。聞くだけ聞いてあげる」
バラシーは額の汗をハンカチで拭うと
「……ブラウニー公の置手紙によるとあなたは強力な天使ターシア様で、そして、我々に協力してくれると書かれているのです……」
ターシアがニヤニヤしながら、いきなり背中に真っ白な羽根を出現させると、バラシーは一瞬絶句して、激しく震えだした体を止めるよう、二人を隔てている牢屋の格子を両手で強く握りしめ
「……天使ターシア様、我々オースタニア王国はあなたを創造神ファルナバル様から遣わされた守護天使として受け入れたいのです」
そしてハッと思い出したように激しく震えながら、その場に跪いた。
ターシアは急につまらなそうな顔になり
「……そういうの良いから。見飽きてる。私をどういう風に、あんたたち人間の都合のいいように使いたいのか、さっさと言いなさいよ」
バラシーは引きつっている顔をあげ
「数日以内に、このオースタニア首都ジャンバラード近くのネルン谷に、煉獄の子供たちが姿を現します。守護天使ターシア様には、彼らを抹殺していただきたい」
ターシアは目を細め、ニヤニヤしながら
「良いわねぇ……そうこなくちゃ。人間って偉そうな建前抜かして、ゲスな目標にひたすら邁進するゴミみたいな生き物だもんねぇ」
バラシーはサッと立ち上がると
「……天使様、今の発言を取り消してください。少なくとも私の師は、そんな人ではありませんでした」
ターシアはニヤニヤしながらバラシーを見上げ
「……で、私が煉獄の子供たちを殺す見返りは?」
バラシーは少し口ごもった後
「守護天使として奉り、首都の焼き払われた地に大神殿を建てます。王族たちは永遠に、儀式によりあなたを敬うでしょう」
ターシアは顔を歪めて
「……それは前提でしょ?それ以外に何ができるのって訊いてんのよ」
バラスィが返答に困っていると、すぐ横から
「……天使様、何が欲しいか、まずは教えてくださいませんと」
ニカッと笑った制服姿のクリスナーが両手に真っ白に光る原石を二つ持って現れた。
ターシアは一瞬、唖然として
「よ、よくそんな大きな……」
クリスナーは整った顔で爽やかに笑うと
「去って行ったブラウニー公からのお心づけです。これが前金で、成功報酬でさらに七個を後日、帝国のモウスミル伯爵より頂けるそうです」
ターシアは心底嫌そうに顔を背け
「あいつ、本当に嫌いだわ。私の大切な彼を二度も奪って、まだ私から……」
そうブツブツと呟きだした。
戸惑うバラシーの袖をクリスナーは引きながら
「……お返事をお待ちしております。お心が決まったら、いつでも牢番に声をかけてください」
そう言って、狭い牢から遠ざかって行った。
十数分後
ジャンバラード城内、玉座の間
代理王マーリーンが不安げに玉座の上から見下ろす中、まだ震えが止まらないバラシーのその隣で両眼を輝かせているクリスナーが
「代理王様!ブラウニー公の置手紙の通り、牢に捕らえられていたのは本物の天使様でした!」
代理王は、真っ青な顔で頷いて
「ご、ご苦労」
クリスナーは明るい顔で玉座を見上げながら
「いやーブラウニー公のお知恵には去って行った後にも、驚愕させられますね。天使様を見る機会があるとは!」
マーリーンは泣きそうな顔で
「……それはそうとブラウニー公も、ルバルナ代理摂政も急に居なくなって……この国はどうすれば……」
クリスナーは胸を張って
「有能な後任の方に引継ぎはとうに済んでおります。あとは、天子様がご決断なされば、ブラウニー公のお手紙に書かれた煉獄の子供たち排除の計画が実行されるでしょう。すでに先駆けてターズ将軍は手勢と共に竜騎国へと旅立たれましたし」
バラシーが震えを必死に止めながら
「代理王様、軍事担当の、わ、わたくしが言うのも何ですがオースタニア王国の隠れた人材はスベン将軍とブラウニー公が発掘しつくしており、これから我が国は全盛期に入る可能性が非常に高いかと思われます……」
代理王は無理した顔で微笑むと
「信頼するお二人がそう言うのならば、信じましょう。ところで、あなたたちに会わせたい人がいます。入りなさい!」
玉座の間の扉が開いてゆっくりと温和な雰囲気のドハーティーが入ってきた。
同時刻、北部の拠点
テントから出てきたグランディーヌが険しい顔で
「ヒサミチさんと調べたけど、やはり、王女本人じゃなかった。首筋に王家の紋章が無い」
ヤマモトが舌打ちしてから
「何か、おかしいと思ったんだよ。ヒサミチのスマホの検索情報だと襲撃者のうち二人は、竜騎国の忠臣だろ?あんな危険な場所に王女本人を置くわけないしな」
テント内を見つめる。
グランディーヌは眉を顰めて頷き。
「……多分、影武者だと思う。危なかった、谷に行っていたら何が起こっていたか」
「どうするんだ?」
グランディーヌは首を横に振り
「何もしない」
「影武者は放っておくのか?」
「そうするしかないと思う。いま下手に動いたら危ない。それに、しばらくは放っておいても彼女は生存はするはず」
「……まあ、明日考えるか……」
グランディーヌは深く頷いた。
数時間後
竜騎国首都城下町
人通りのない深夜の通りを
服がボロボロのユウジとやせ細ったワタナベが歩いていた。
「ゲボッ……」
濁った水の入った透明なスナイパーライフルを杖代わりにしたワタナベが血を吐き出して立ち止る。
「おい、ゴン。そろそろ死ぬのか?」
クマダが血と泥で真っ黒な顔で尋ねると
ワタナベは首を横に振り
「……ファルナちゃんに会うまでは死ねない」
身体を引きずるように歩き出す。
「そうか……しかし、迂回路にまでゾンビだらけとはな。まるで、俺たちの位置を知っているようだったな」
「……」
ワタナベはその声にはもう答えない。
遠くに見えている城郭を見上げながらゆっくり進んでいく。
「……数千体は潰したな。次来たら、さすがに終わりかも知れないな」
ユウジは窮地を楽しむようにニヤリと笑って、満身創痍のワタナベの背後をついて行く。




