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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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90/166

真っ黒な砂

アーシィの言った通りだ。

この時刻、この時間にヤマモトがファルナ王女を助けに来ると。

燃え盛るスズナカの偽物が囮となり、室内に潜んでいた俺にヤマモトたちは気づかなかった。

寝室の反対方向には、ジェシカとゴーマそして、こちらには扉側には俺という作戦で

いよいよクソガキの一人を追い詰めた。

あとは、殺すだけだ。

上空のドラゴンはアーシィが魔法で防ぐと言っていた。それを俺たち三人は完全に信用することにする。


俺は紫のうねる触手を体の各所から出しているジェシカたちの方を向く異形の少女と、ファルナ王女を床に置きシルバーソングを両手持ちして俺を睨みつけているヤマモトを見据える。

寝室は、十メートル四方で三メートルほどの天幕付きのベッドが奥の壁に縦に添えられている。

背後に扉がある俺の位置から見て、左手奥にジェシカたちが割って入ってきた窓があり

他に出入口は無い。

天井の高さは三メートルと言ったところだ。

ジェシカたちは、静かに両手に逆さ持ちで短刀を構えた。

俺は真っ赤な刃先を持つ長槍……いや、竜騎国に伝わる至宝「ドラゴンズブラッド」を構える。

真っ赤な刃先に触れただけで動けなくなるポイズンドラゴンの体液が長年かけて染み込ませてある毒槍だ。

ジェシカが、竜騎国の宝物庫から取り出してきてくれた。

さらに城内の人間たちは全員避難させてある。

もはや、何の手加減も要らない。

俺たち三人と、クソガキども二名の殺し合いの舞台は整った。


触手をうねらせている少女が

「……ターズさん、私はブラウニー様の元部下です。それに、ここに居るヤマモトさんは既に改心しています。我々は争う必要はもうないのでは?」

と攻撃態勢を解かずに冷静な表情で言ってくる。

俺は笑えない骨の顔で嘲笑いながら

「……オースタニア王国と竜騎国でガキどもに殺された人間の数を知ってるか?分かっているだけで四万九千八百十七人だ。その中には生きていた頃の俺もいる。俺はクソガキども八人全員殺すまでは許すつもりはない」

数メートル離れ大剣を構えているヤマモトが 

「……俺たちが殺したのは殆ど、歯向かってきた武人だけだ。そして、お前のような人殺しの道具を売って稼いでいた戦争関係者だ。人殺しに加担していたんだから、殺される覚悟はできてただろ?」

「……生きていた当時はそんな気はなかったが、結果的には俺は殺されて当然だったんだろうな。だが、オースタニアの希望だったスベン将軍を殺し、美しいジャンバラード城下町を焼き払った貴様らを許すことはできない。全ての死んでいた者たちの仇を晴らす」

ヤマモトは黙って目を細めると少女に

「グランディーヌ、いいな?」

少女は頷いて

「人間は任せて。緊急時の作戦通りに」

ヤマモトはニヤリと笑って猛烈な勢いで俺へと斬りかかってきた。

ドラゴンズブラッドごとを横に避ける。

ヤマモトは勢い余って、隣の部屋へと突っ込んでいった。



グランディーヌは隣の部屋で猛烈な切り合い、撃ち合いを始めたターズとヤマモトの方をチラッと見て

「あなたたちも、引くつもりはない?」

と自らへとジリジリと近寄ってきている、逆さ持ちした短刀を二刀流して構えた黒装束の男女に尋ねる。黙ったまま前進してく二人にグランディーヌはため息を吐いて

「ごめんなさい。全治半年くらいは覚悟して」

と言って、コートのあらゆる隙間から紫色の太い吸盤のある触手を二人に向け猛烈な勢いで伸ばし始めた。

素早く左右に避けたはずの二人があっという間に紫色の触手にからめとられていき、そして触手に全身を巻き絡められ宙に持ち上げられた。

「……うーん。ごめん、折るから。頸椎とか大事なとこは折らないから安心して。長い間、行動不能にしたいだけだから」

次の瞬間には、部屋の中にボギャ、グギャと

締め付けられた黒装束のジェシカとゴーマの全身の骨が折れる嫌な音が響き始める。

「ぐっ……ぐぅ……」

「がっ、あぎっ……」

ゴーマとジェシカはしばらくすると動かなくなった。

グランディーヌは気絶した二人を見上げ

「……手ごたえが無さすぎる。多分、あるとしたら、次の手は、操作魔法で気絶した二人をむりやり動かすというところか……」

と呟くと、気絶した二人を触手で締め付けたまま隣の部屋を覗く。



もう少しだ。あと少しでヤマモトが殺せる。

僅かでも、刃先が当たれば如何に煉獄から来た子供と言えど行動不能にできる。その後はゆっくりと首を斬り落とせばいい。

異様に身体の動きが良いのは、無用な肉や臓器が無いせいか、まるで俺でないように

冴えた動きで、ヤマモトの斬撃を避けていく。

俺に一切攻撃が当たらないヤマモトは次第に焦りの表情を濃くしていく。

次のやつの大ぶりで出来た隙から、ドラゴンズブラッドの刃先をやつの大柄な体に脇から刺し込めば終わる。

「……死ね!」

シルバーソングを真っ直ぐ振り下ろしたヤマモトの脇腹目掛け、俺は全力で刃先を刺し込んだ。

ヤマモトは回避しようとしたが、やつの軽装の上半身の服を破り、微かに、刃先が身体を斬った。

勝った!!毒が回って、ヤマモトは終わりだ!

と確信した瞬間にニヤリと笑ったヤマモトがドラゴンズブラッドの柄を握りグイッと俺の身体を引き込むと


「歌えええええええ!!シルバーソング!!邪なるものを祓えええええええ!!」


シルバーソングの長い刃先を俺の身体に当て唸るような声で叫んできた。

辺りが真っ白な閃光で見えなくなり同時に体中が燃え盛るような熱さに包まれて意識が遠のいていく。

な、なんだこれは……ど、どうして毒が効かない……。

ぐっ……がああああああああああ!!

身体が崩れ……て……光が……。



シルバーソングが放つ真っ白な閃光の中で

砂のように体が崩れていくターズの様子を

グランディーヌはホッとした顔で見つめ、白銀の大剣の発光が終わると

「ヤマモトさん、こっち来て」

全身が汗だくのヤマモトを手招きする。

ヤマモトは目の前で完全に崩れ去り、真っ黒な砂になったターズを憐れみを込めた表情で見つめると

「……なんでも簡単にはいかねぇんだよ」

と呟き、一瞬黒い砂山を右足で踏もうとして、思い直した顔で足を引き、砂山を大きく迂回して避けながら、隣の部屋に戻る。

グランディーヌが、床に寝かした男女を指さして

「ヤマモトさん、二人の服を下着まで脱がして私がファルナ王女の服で、何重にも縛り付けるから。次はこの二人を操作魔法で無理やり動かしてくると思う」

「……分かった」

ヤマモトはジェシカとゴーマの黒装束を脱がし始める。

その服の中からは、多数のナイフとそして毒薬らしき小さな壺。更には地図や、指示書らしき折り畳まれた紙などが出てきた。

それらをヤマモトが窓の外にひとつ残らず投げ捨てている間、グランディーヌはクローゼットから頑丈そうな皮や布の服を取り出してきて一糸纏わぬ状態になった二人の足首や折れた両腕そして全身を厳重に縛り付けていく。

それが完了すると、クローゼットの中へと二人をヤマモトと共に押し込め、クローゼットの扉側が壁側になるよう自らの触手の力でクローゼットを反対向きに移動させた。

「……ここまでする必要があるか?」

ヤマモトが呆れた顔をするがグランディーヌは冷静に

「ある。タナベさんの情報によると、ターズたちのパーティーにはあと一人、土と陰属性を操る大魔法使いが居るでしょう?そいつが、イエレンたちをこちら来させないように外で魔法障壁を張っていると思う」

「……そいつ、倒せばいいのか」

グランディーヌは首を横に振ると

「たぶん、もうそろそろ、タナベさんとイエレンが倒すころだと思う。ただ、そいつが奥の手を残してる可能性があるから、ここまで後始末をしてる」

ヤマモトは真面目な顔で頷くと床に寝かしていたファルナ王女を担ぎ、割れた窓へと向き

「ちょっと遅れたけど、南門の屋根まで急ごうか」

真剣な表情で言う。

グランディーヌは注意深く周囲を見回しながら頷いた。

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