ほぼ同時刻
襲撃開始と、ほぼ同時刻
獣人たちがごった返す朝の市場の雑踏で
「つーか、娼館行かねぇの?」
鞘に入った銀の大剣を背負ったヤマモトが猫背で小柄なタナベに話しかけている。
「いや、僕はいいよ。リュウが一人で行ったらいいって。場所は教えたろ?」
タナベは、白い金属の塊についた画面をチラチラ見ながら何かを探しているようだ。
「何、探してるんだよ」
「ん?美味しい果物だよ。みんなにお土産で。ほら、見てよ。ヌーグルマップに載ってる露店の店名の横に、星が出てるだろ?」
画面をヤマモトに見せると
「おおっ、ほんとだわ。でも大体、星が二つか三つだな」
「うん。僕の見たところ、二つがアベレージだね。おおお……見つけた……」
「ほ、星いくつなんだ?」
「七つ……」
タナベはそう言って、足早に雑踏の中を進み始めた。
「なっ、なななつううう!?」
ヤマモトは大げさに驚いてその背中を追う。
二人がさらに歩くとテントも無い路地裏の露店にボロボロの服を着た三つ編みのネコミミ少女が悲しそうな顔でうな垂れていた。
その前に敷かれたボロボロの布の上には売れ残った果物が大量に積まれている。
どれも皮が少し黒ずんでいたり凹んでいたり
見た目には決して美味しそうに見えない。
タナベとヤマモトがその前に立つと少女は怯えた顔で
「うっ……場所代は払いました……。も、もうこれ以上は……お父さんが病気なんです!」
必死に二人に土下座する。ヤマモトが顔を顰めて
「俺たちはそんなんじゃねぇよ。ああ、この剣は悪いやつを倒すためにあるんだ。お嬢ちゃんを脅すためじゃねえ」
タナベが優しい顔で
「僕たちは、その果物を全部買いたいんだ。……それに、農園があるならそこに案内して欲しい。お父さんの病気にもきっと役に立てると思う」
「ぇっ?えっ……?全部……買う?」
少女は二人を見比べた後に再び土下座して
「……すっ、すいませんっ……親から知らない人の言う甘い言葉は信じるなって」
ヤマモトが呆れた顔で
「こりゃ、ダメだな。ちょっとこの子の農園を検索してやってくれ。その間に俺、荷車買ってくるわ」
「わかった。ヌーグルマップのここの店名はグロスリー露天商だからヌーグルに"ソワンベラー獣人国 グロスリー 農園 果実"で出るかな……。旨い、も検索ワードにいれるか……うーん」
「えっ……なっ、なんでうちの名前を……」
少女が驚いてるのを横目にヤマモトは再び雑踏へと走り出す。
タナベは白い金属の塊を熱心に指で押して操作し始めた。
三十分後には、果物を二人が買った少女の店の果物や、別の店で買った野菜、そして麦や野菜などを満載にした荷車をヤマモトがかなりの速度で引いて街道を駆けて行っていた。
荷車には、果物を頬張っているタナベと目を丸くしている少女が乗っている。
「うおおおおおおお!!待ってろよー!!キャベルちゃんのお父さんお母さん!」
ヤマモトは時折、吠えながら全力で荷車を引いている。
かなり異常な速度である。通り過ぎる商人や旅人たちが目を丸くして、ヤマモトと荷車を見つめる。
タナベは、形の悪いリンゴのような果物を食べながら
「美味しいなぁ。キャベルさんのとこはどうしてこんなに、美味しい果物作れるのに……えっと、お金がなさそうなの?」
キャベルと呼ばれた少女は寂しそうに笑い
「……市場のボスが……高い場所代を払えって、言ってきて、それでお父さん生活費を切り詰めて……病気に」
荷車を引いているヤマモトがいきなり空に向かって
「よっしゃ!!もう許さねぇわ!!グロスリー農園に行ったら、速攻街に帰って市場のボスとその取り巻きをぶっ殺してやる!」
吠えて、タナベが冷静に
「委員長から言われてるだろ?無用な殺生はダメだって、僕らが殺すのは戦争や陰謀と関わった人たちだけだ。まずは、キャベルさんのお父さんに会ってからにしようよ」
「チッ……わーったよ」
ヤマモトは渋々と従った。
荷車があっという間に農園へと続く山道を登ると山肌に緑豊かな樹木が生えた大きな農園が見えてきた。
農園の中の道を進んでいき、二階建てのレンガ造りの建物へと三人はたどり着く。
キャベルがトントンと戸を叩き
「お母さーん!全部売れたよー!あと、お客さーん」
嬉しそうな声で、呼び出すとネコミミの生えた痩せた母親が中から出てきてキャベルを抱きしめた。
「ごめんねぇ……私が行ったらお父さんが診れないから……。あら……どちら様ですか?」
「んとねー。果物、全部買ってくれたの。それにお父さんを助けてくれるんだって」
母親は一瞬警戒した眼で、二人を見てから
すぐ後ろの食べ物で満載の荷車を見つめ呆然とした顔をする。
タナベが照れ臭そうに
「あの、怪しいものじゃなくて。この農園と、契約したいんです。あの、荷車の中のものは契約の前金って言うか」
ボソボソと下を向きながら話す。
「……え?」
ヤマモトが前に出てきて
「お宅の果物が旨いから、うちとフェアな値段で取引しましょうって言いたいんですよ。すいませんね、親友は人見知りで!」
「ええ……」
キャベルの母親は、呆然とした顔で二人を見つめる。




