天の扉
深夜、竜騎国首都上空。
夜の闇に紛れて
ゆっくりと羽ばたいているイエレンの背中の端から
四人が下を見つめている。
「たっ、高い……怖い……」
ハーツはグランディーヌにしっかり抱き着いていて
ヤマモトは難しい顔をして
「……初めて見たが、広いな」
タナベが手元の金属の塊を指でいじりながら
「……街全体で東西南北に三十キロ四方の距離があるね。
地形は完全に平坦で、中心部の城壁に囲まれた大きな城が
ファルナ王女の囚われている場所だ」
グランディーヌが冷静な顔で
「……作戦通り、五分で救助しよう。
私とヤマモトさんを城の中に降ろしたら
ハーツちゃんとタナベさんはイエレンの背中で待機。
私たちが、城の南門上の屋根に乗ったら
ロープを降ろして」
「分かった」
タナベが深く頷く。
「クソワタナベとクソクマダは生きてんだろ?」
ヤマモトがぽつりと呟くと、タナベは深く頷いて
「ムキピディアでは、悪魔たちの襲撃を潜り抜けて、生存してるって出てる。
スズナカさんは生死不明だって」
ヤマモトは舌打ちをして
「城内に居なければいいがな」
と呟いた。
同時刻、首都から三十キロ離れた山中。
左右を樹木に囲まれた細い山道で
「……さすがに辛いなぁ……休まない?」
右手に持つライフルのライトで前方を照らしながら
汗だくのワタナベが左腕で額の汗を拭う。
ユウジは何でもない顔をして
「体力無いな。どうしたんだ?」
「一日数十キロ歩きづめだよ?
むしろ、よく疲れないなぁ」
「ユタカさんが言ってただろ?
地元に居た時の元々の体力が基礎だって
それ×(かける)何倍だったかの体力が、今の俺たちだ」
「まあ、そりゃあ、高校の時は数百メートル歩くだけで
疲れてたから、全然今のがいいけどさ……休まない?」
ユウジは苦笑いして頷いた。
二人は山道のど真ん中に座って休憩を取る。
「はぁ、スズナカさんも無事だと良いんだけどなぁ」
「ああ、そうだな。あいつは悪運が強いし狡賢い。
たぶん、大丈夫だと思う」
「……ファルナちゃん助けた後は
これからどうしよっか……ジンカン君もどっか行っちゃったし」
「なるようにしか、ならんだろうな。
ああ、しかし、よく戦ったな。
炎の化け物が四体も出てきたときはここが死に場所だと
思ったもんだがな」
「……僕は死ぬとは思わなかった。
何故だかわかんないけど、あそこでは死なないと知ってた」
「そうか」
クマダはいきなり立ち上がって辺りを見回しだす。
そして、両手を握ったり開いたりを繰り返すと
「……ナベワン、囲まれたぞ」
ワタナベは大きく息を吐くと、右手のライフルに加えて
左手にマシンガンをいきなり創り出して持つ。
「どうだ?死にそうか?」
背中をワタナベと合わせたユウジがニヤニヤしながら言ってくる。
「いや、ここじゃない。まだ僕らは死なない」
山道を囲んだ樹木の間から、湧き出るように
泥まみれで腐ったゾンビたちが次々に顔を出し始めた。
ほぼ同時刻、竜騎国首都中心部の城内。
明かりの点いていない部屋の窓を外から開いて
コートを脱いで軽装となったグランディーヌが中へと入る。
続いて軽装のヤマモトも静かに潜入した。
シルバーソングは背負ったままだ。
「……ここまでは想定内。王女が軟禁されているのは
この部屋を出て通路を右に突き当りに行った扉の先」
「急ごう。面倒は嫌だ」
グランディーヌは頷いて、暗い部屋の扉を開け
明かりで照らされた通路を確認する。
「……衛兵が居ない」
「ラッキーだな」
「……おかしい。ヤマモトさん抜いてて」
ヤマモトは黙ってシルバーソングを鞘から抜く。
グランディーヌも服の襟や裾の隙間から数本の触手を出した。
二人は警戒しながら通路へと出て、そして突き当りの大きな鉄扉まで歩いていく。
「……罠だと考えるべき」
「だろうな」
グランディーヌが紫の触手で金属の扉を静かに開けると
その荒れ果てた室内には、真っ赤な血に染まったドレス姿のスズナカが
裸足でフラフラと立っていた。
ヤマモトは唖然として一瞬シルバーソングを落としそうになるが
構え直す。
「おい!!クソスズナカ!王女はどこだ!?」
彼がそう吠えると
スズナカはニヤーッと笑って室内のヤマモトたちから向かって右手
寝室の扉を指さした。
そして、首筋からゴボッと血を吐き出して
ドレスを真っ赤に染めながら、グランディーヌを指さしてくる。
「私をくれるなら、行かせてもいいと」
「んなの許せる分けねぇだろ!!
てめぇの言うことはもう聞かねぇ!!ヒサミチと決めたんだ!」
ヤマモトが吠えると、スズナカはニヤニヤ笑いながら
全身を真っ赤に燃やして、ヤマモトに襲い掛かってきた。
グランディーヌが即座に、五本の触手を伸ばして燃え盛るスズナカに巻き付けると
「触手ごとでいいから今すぐに斬って!!なんかおかしい!」
とヤマモトに叫ぶ。
ヤマモトは跳躍すると躊躇なく上からスズナカを
渾身のシルバーソングの一閃で一刀両断する。
スズナカは二つに別れてもまだ燃え盛り
床をジワジワと焼いていく。
グランディーヌが顔をしかめながら斬られた触手を
シュルシュルと襟元や裾の中へと引っ込めると
「王様の残していった策謀の中だ……ヤマモトさん、急ごう」
「ああ、そうしよう。たぶん、こいつは本物のスズナカじゃねぇ」
ヤマモトはそう言うと、扉を勢いよく蹴破った。
その中は広い寝室になっていて
パジャマ姿のファルナ王女が、天幕のついたベッドの端に座り
「……策謀が……死が極まり……幾多の阿鼻叫喚で
……天の扉が開くとき……終わりが始まる……始まりが終わる……」
という言葉を目に力のない呆然自失の状態でブツブツと呟いていた。
ヤマモトは構わずに呟き続ける王女を抱き上げると
「グランディーヌ!行くぞ!」
と振り向くのと同時に、右手で持ったシルバーソングで
背後から鋭く突かれた槍をはじき返す。
咄嗟に見た背後には、血に染まったような刃先を持つ長槍を両手持ちした
漆黒のスケルトンが立ちはだかっている。
「ヤマモトさん、ごめん。
ちょっと脱出するまで時間がかかりそう」
グランディーヌは、襟や裾から新たな触手を何本も出しながら言う。
同時に寝室奥の窓が割られて、
黒装束と黒頭巾に身を包んだ二人が中へと突っ込んでくる。