風情
同時刻、北方のヤマモトやハーツたちの拠点。
温泉に浸かって顔だけ出しているイエレンに見つめられながら
四人が車座になって、朝食を食べつつ会議をしている。
グランディーヌは冷静な顔で
「百パーセント罠。そして、それを踏まえて乗り込むべき。
ファルナ王女をイエレンが奪還できる機会は今しかない」
タナベが真剣な表情で
「罠ってことは、さっきのお爺さんは敵なのかな?」
グランディーヌは腕を組んで少し考えると
「……多分、敵じゃない。
あの人は、帝国の重鎮で"賢人"って言う二つ名も持っている人。
かつては、カーラ・バラッズという剣の名手の女性とコンビで
世界中を旅した有名なSS狩猟ハンターでもあったの」
「そっか……政治家とかについては
委員長やジンカン君とスズナカさんに任せっきりだったから
恥ずかしながら、よく知らなくて……」
「帝都制圧まで、あっという間だったもんな」
ヤマモトとタナベが申し訳なさそうに頭をかく。
グランディーヌは軽く咳ばらいをすると
「ドハーティー卿は敵じゃないけれど
虚無王様は、卿がどう動くかまで予測しているはずだから
間違いなく、竜騎国の首都に
あなたたちを何度も襲撃してきたターズたちを送り込んでくる。
恐らくは、人間の手練れも数名付けて」
「……行ったら、必ず戦闘になるってことか」
グランディーヌは深く頷いて
「そして、ジンカンもそれを予測しているはずだけど
彼は迂闊には近づいて来ないはず。
私とハーツちゃんが居るから」
「……ワタナベ君は?ファルナ王女と結婚したって聞いたけど……」
グランディーヌは難しい顔をして
「……そっちの動きは分からないし
生き残っているかも予測がつかない」
「……取り返す途中で、クソワタナベと遭遇して
面倒になりそうだったら
もう斬っちまうか……あいつホントに嫌いなんだよ」
タナベが意を決した顔で
「いや、イエレンさんには悪いけど、その時はこっちに引き入れよう。
王女と一緒に連れてくればいい」
ヤマモトは顔をしかめて
「はぁ?要らんだろ……ナベワンナベツーとか馬鹿どもが纏めてたけど
あいつは、お前とは違うぞ?たぶん、根っこが腐ってる」
「……その時は、みんなで、矯正すればいい」
ヤマモトは少し考えて
「グランディーヌ、イエレン。ワタナベが余計な事しそうなときは
殺っちまっていいからな?」
背後を振り向いて、黙って全員を見つめていたイエレンの
巨大なイエロードラゴンの顔を見る。
「……王女が無事戻ってくるならば、恨みは忘れよう……。
と言いたいところだが、兄弟のドラゴンたちを殺された恨みはある。
こらえきれない時は済まない」
タナベは眉間に皺を寄せるが、ヤマモトは晴れやかな顔で
「ああ、好きにしろ。あいつは仇に殺されるだけのことをしてきた。
俺たちだって、恨みを持ったターズに延々と付きまとわれている。
グランディーヌもそれでいいか?」
グランディーヌは深く頷いて、ずっと黙ったままのハーツを見つめる。
「へっ……?いや、私はお留守番して温泉にでもつかっていたいかなぁ……」
「ハーツちゃん、一人だと危険だよ?
ジンカンやオクカワ・ユタカがハーツちゃんを遠隔で殺そうとするかもしれないし」
「……ひっ。つっ、ついて行く!」
グランディーヌはニコッとして
「じゃあ、本日のファルナ王女奪還計画について話し合おうか?」
と皆を見回した。
ところ変わって
オースタアに王国首都北部数十キロの平原。
砂漕ぎ船の前方で
俺と向かい合って座ったアーシィが得意げに
「ブラウニー様によると、煉獄から来た子供たちは
ファルナ王女奪還に必ず来るそうよ!間違いないんだって!」
「……そうか、だから今向かってるんだが。
わざわざ確認しなくてもいいことだな」
さっきから、この若い小柄な女はよく喋る。
「はははは!骨しかないアンデッドだから、記憶力無いかなと思って!
大体、あいつら生者の肉を貪るだけだし!」
船体後尾からジェシカがアーシィに殺気を向けてくるが
アーシィはチラッと振り返ってニヤリと笑うだけである。
「……他を見たことが無いから、アンデッドの生態がどうなのかは知らんが
俺はまったく、そんな気持ちにはなれないな。
やりたいことはクソガキどもを全員殺す。それだけだ」
「ほんとにぃ?」
アーシィはニヤニヤしながら俺を見つめてくる。
「……お前はどうなんだ?何でついてきた」
「……両親をワタナベに殺されてるわ。
やつが生きていたら、必ず命を刈り取る。
……ターズは知らないの?土のモルゲと陰のライア。
旧オースタニア魔法兵団のエースだったんだけど」
「……そうだったのか……」
かつて、オースタニア軍に夫婦の高名な魔法使いが居ると
どこかで聞いた覚えがある。
この女の両親だったのか……。
「銃弾って、無残よねぇ。風情も何もない。
魔法の障壁も何も関係なく、ワタナベと戦場で遭遇して
三秒で二人とも死んだんだって」
アーシィはニコリと笑ってそう言うと
ようやく黙り込んだ。