愚痴
灰色の荒野の上で角と羽根の生えている男女の悪魔らしきものたちや、漆黒の肌と刈り上げられた輝く真っ白の髪を持つ子供たちの集団、六本も腕がある筋骨隆々とした一つ目たちなど数千の異形達がそれぞれ大小の焚火を囲みながら談笑したり、嬌声をあげながら酒盛りを続けている。
それを少し離れた台座の上に置かれた長テーブルに三人並んで座った、アルバトロスと言われていた身なりの良い悪魔と、エンヴィーヌと言われていた派手なスリットドレスを着た女、そして、よれたシャツ姿の不健康そうな男がそれぞれの表情で眺めながら、食事をしている。
「あー百七十二勝、百九十一敗かぁー」
ジョイメントはダルそうに、異形たちの祝宴を眺めながら呟く。
エンヴィーヌは得意げに
「わらわの作戦勝ちじゃわ。如何にお前とて大悪魔二名の知能には勝てぬだろ」
「あの……わたくしは、大悪魔と言うには少し実力が足らぬかと……」
申し訳なさそうなアルバトロスが鮮血のようなワインに静かに口をつける。
二人は彼の言葉を無視し、ジョイメントが
「……エンちゃん、今頃、あのクソブランアウニスが煉獄から来た子供を二人くらい殺ってるころだなぁ」
「……あの無能に同時に二人も殺せるものか。良くて一人だわ。タナベ殺害も失敗しておる。ド無能がっ!」
「あのー……そろそろ、虚無王様ご帰還為されるのでわたくしの上司の悪口はそのくらいにして頂いて……」
小声で窘めようとするアルバトロスを二人は見開いた両眼で見つめると
「虚無界にご帰還だろ!?」
「そうじゃわ!!我々はここで待ちぼうけじゃ!」
アルバトロスはサッと視線を逸らしながら
「……いやー……お二人には、第三波の主力として……」
ジョイメントは舌打ちしながら酒盛りに視線を戻し、頬杖を突くと
「クソが。無力な人間どもが、煉獄から来た子供たちの駆除に失敗したら他の階層の軍勢も集めて一斉に地ならしすんだろ?何が面白いんだよ」
エンヴィーヌも顔を歪め
「……そもそも女神は性格が悪すぎるわな。結果は見え過ぎとる。リセットしたいだけだろがっ」
「……ファルナバルが阿呆で雑で性格悪い頭も悪いクソブスなのは、有名だな」
深く頷いている二人に、アルバトロスが
「あのー……そろそろ暴言はこのくらいで……今回の作戦の総指揮は女神様ですし……」
また二人は両眼を見開いて、アルバトロスを見つめると
「つまらぬ!わらわの世界に還らせろ!」
「暇なんだよ。お前が勝ちすぎたせいでエンちゃんのお気に入りに裸踊りさせるのもなくなったし」
アルバトロスはまたサッと顔を逸らしながら
「あ、あの……いや、調和が必要だというのはわたくしの上司の教えですし、お二人には、もう少し堪えて頂きたいかと……」
「お前が裸踊りするか?」
「そうじゃわ!性格が女神の次に悪いブランアウニスのことじゃ、きっと、そなたを生贄にするつもりで、ここに配置したのであろう!」
「……あ、あの……いや、わたくし両性具有ですしどうなんでしょうか……」
アルバトロスが二人に見つめられて困惑し始めていると背後から
「階層の王なのに、使い魔の私より雑魚なお二人と、上っ面のアルバトロスくーん、こんばんはー」
ニコニコしたサキュエラが姿を急に現した。
エンヴィーヌとジョイメントは瞬時に額に血管を浮きだたせ立ち上がり
「……おい、名前の無い者よ。虚無王のお気に入りだからって、あまり調子にのってんじゃねぇぞ」
「そうじゃ!使い魔如きが我々大悪魔を愚弄するでない!」
アルバトロスは泣きそうな顔で立ち上がると、サキュエラの前に立ちふさがり
「姉さん、さっさと人間界に戻ってください!ただでさえ、複雑なのに姉さんが居ると……」
サキュエラはニヤリと笑うと
「少なくとも、ヘイトは私に向いたわ。じゃあね」
スッとその場から消えた。
アルバトロスは安堵した顔で振り返り、怒り心頭の二人に
「うちの姉さんが失礼しました。姉さんへの愚痴ならば、わたくしがいくらでも受け付けますので王様方、宜しければ、ご着席ください」
立ったまま深く頭を下げる。
二人は一斉に息を吐きだすと、また席に座り直し黄土色の肌を持つ屈強な悪魔が継ぎ足したばかりのワインを傾けながらジョイメントが
「……そもそも、あいつは優遇され過ぎてないか?女神公認の帝国コントロール係とはいえ、何で審査も無しで、逆さの楽土と地上を行き来できるんだよ。あいつも、例の協定違反で他全員と一緒にこっちに吸い込まれた直後だろ?復帰速度早すぎねぇか?」
「そうだわな。しかも何時までたっても使い魔に甘んじておる。ブランアウニスも甘やかしすぎだわ」
愚痴る二人に、アルバトロスは
「その通りですね。姉さんは親離れができない、甘ったれです」
ジョイメントが笑いながら
「お前もひでぇな。上司の悪口は言えないけど同僚の悪口なら、話合わせるってのか?」
アルバトロスは頷いて
「姉さんは、我が界の臣下序列二位であるのにあらゆる虚無界内の責務を免じられております。その分、一位のサンガルシア様、三位のルバルナ様、そしてわたくしの三名に特に重責が圧し掛かっているのです」
一気にワインを飲みほした。
「あー気楽な身分だわな。地上でも頭の悪い人間相手の楽な仕事だろ?」
「その通りです。大悪魔級の能力でやりたい放題していました。煉獄の子供たちが来るまでは」
ジョイメントが目を細め
「……ブランアウニスは、変な部下多いからなぁ。"最弱"のハーツと"兵器"グランディーヌがタナベたちと、次第に仲間増やしてるんだって?」
アルバトロスが黙って頷くとエンヴィーヌが顔を歪め
「……何時まで上手くいくのやら」
不快そうに、鮮血のようなワインを飲みほした。




