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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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83/166

今が好機

竜騎国首都から七十キロ離れた山中



崩れ落ちた土砂と真っ黒に焼け焦げた瓦礫の中からの猛烈な爆発音が響き、土塗れでボロボロのワタナベが出てくる。

「ひどい目に遭ったなぁ。窒息するかと思った」

彼は手に持っていた土塗れの小型ロケットランチャーを離して消す。

「ジンカンくーん!おーい!」

辺りには人の気配は無い。ワタナベは背後の崩落した山肌とその中に埋まる数分前までは要塞だったはずの大量の瓦礫を見つめ、その場に座り込んだ。

「みんな、無事だったらいいんだけど……」

そして大きく息を吐く。



十分後

ヤマモトたち逃亡者の拠点のテント内



「はっ……おおおお……みんな居る……みんな居るよぉ……」

テント内の寝袋の上に厚着させられ寝ていたハーツが涙目で上半身を起こす。

グルッと囲むように座っていた同じく厚着したヤマモト、タナベ、グランディーヌは安堵した顔する。

少し無言が続いた後、いきなりタナベがハーツを抱きしめた。

「良かった……本当に連れ去られなくて良かった」

ヤマモトは呆れた表情で

「……グランディーヌ、わざわざ心配してやったのに何か損したみたいだな」

グランディーヌは真面目な顔で

「……愛する気持ちは大事。邪魔はできない」

ヤマモトと連れ立ってテントを出ていく。

外へと出たヤマモトは、数十メートル離れた岩場に伏せているイエレンに向けて大きく両腕で「〇」文字を作る。

巨大なイエロードラゴンは静かに立ち上がり

数百メートル向こうの、湯気の立つ温泉へと四本足で歩いて去って行った。

「ちゃんと、心配してたんだな」

「……ハーツちゃんの説得でイエレンがここに居るようなものだから、恩を感じていると思う」

「そうか……これからどうする?」

ヤマモトが気軽にそう言った、次の瞬間には

グランディーヌは着ていた服を破り、人の姿を完全に捨て、無数の触手の伸びる球体として完全にヤマモトの身体を包み込んでいた。


「……さすがじゃな。ブランアウニスの置き土産か」

しわがれた声がして、チンッと刀を鞘に納める音がする。

「ポンッ」と煙が立って、グランディーヌは裸の少女の身体に戻る。

呆気に取られていたヤマモトはすぐにシルバーソングを抜いて両手持ちした。

その剣先を向けられた声の主はグランディーヌに自らのコートを投げ渡し

「争う気は無い。試しに殺気を浴びせただけじゃ」

声の主、いや、白髪を真ん中分けして丸眼鏡をかけた旅装姿の老人は開いた両手を上げ、敵意のないことを示しながらニヤリと笑った。


五分後


テントの中で、四人と老人は少し距離を取って座り向き合う。

「……煉獄から来た子供たちが二人と、小悪魔、そして魔法生物か」

正座した老人は、ニヒルに笑ってそう呟いた。

腰に差していた刀を鞘ごと自らの前に置いて

「トウコウと言う。東の国で造られた妖刀じゃ。今まで、何千人という血を吸ってきた」

ハーツがガクガク震えながらグランディーヌの背中に隠れる。

老人はその様子を楽しげに見ながら

「……ヤマモト・リュウジとタナベ・ヒサミチじゃな?」

二人を見回しそう尋ねた。ヤマモトが何か言おうとするのをタナベが手で制して

「……お爺さん、あなたも自己紹介をしてくれませんか?」

老人は目を細めてタナベを見つめると

「ピラティ・ドハーティーと言う。帝国東端部の地方領主じゃ」

ヤマモトとタナベは一斉に唇をかんだ。タナベは次の瞬間には土下座しながら

「……本当にあの時は、すいませんでした」

ヤマモトも座ったまま深く頭を下げる。

「いや、良いよ。わしは、半ば隠居していて居城に居ったし血気盛んな弟子が数人死んだくらいじゃわ。……武人にとって、真の強者と闘って死ぬのは誉れじゃろ?」

ハーツがガタガタ震えながら

「なっ、何があったんですか!?」

グランディーヌの背中から尋ねてくる。老人は笑いながら

「数か月前に、そこに居るタナベさんたち、煉獄の子供たち八人が帝都へと秘密裏に全員で侵攻したんじゃよ。とてつもなく狡猾な作戦でなぁ。周辺に一切気取られずに気づいたらたった八人で、帝都を完全制圧しとったわ」

タナベが申し訳なさそうな顔で

「その後は、スズナカさんっていう心を操れる女の子の技で高官たちを軒並み操って、それから皇帝を解体したんだ……」

「かっ、解体!!ひいぃぃぃ」

ハーツが真っ青な顔をしてグランディーヌに抱き着く。ヤマモトが真面目な顔で

「皇帝は人じゃなかったんだよ。機械だった。気味悪いからぶっ壊すって、アキノリが言ってな」

老人は真顔で

「……そのことも、もう良い。諸君らは知らんと思うがそれらの後始末は、虚無王ブランアウニスが完璧に済ませておった。帝都にはもはや、操られた人間も、さらに再制圧のために送り込まれた悪魔や鬼すら居らんじゃろうな」

タナベはホッとした顔で

「そうだったんですか……」

老人はさらに

「ただ、まだこの大陸はブランアウニスの術中にある。諸君らの傍におる、この二人もその術の一つじゃ」

ニヤリと笑って言ってくる。タナベが真剣な眼差しで

「……何か、僕らに差し障りがあるんですか?」

老人は表情を崩さず

「……その二人と居る限り、君たちはオクカワ・ユタカそしてジンカン・アキノリと合流できぬ」

ヤマモトとタナベは顔を合わせて、ヤマモトが困った顔で

「そのアキノリが、二人には罠がかけられてるって言ってたわ。爺さん、二人にハーツたちが近寄ったとき、何が起こるんだ?」

「……破滅じゃろうな。信じられぬほどの破滅じゃな」

ハーツがガチガチと奥歯を鳴らし始め、ずっと黙っていたグランディーヌが

「……ドハーティー卿、グランディーヌと申します」

丁寧に自己紹介してから

「……我々は、地上で穏やかに暮らしていきたいと思っています。今後、どうすればよいか、ご教授願いたいのです」

頭を下げ低姿勢で請う。老人は微笑むと

「……わしとしては、君たち二人や、ここに居るタナベ君たち二人にはそれほど害は無いと見ている。むしろタナベ君の弱者を労わる現在の姿勢には、我々の享受する益が大きい。いい加減なことを言っているわけではない。これまでの綿密な諜報活動の末の結論じゃよ。帝国やこの大陸にとって明確に害になるのは具体的に三人、ジンカン、オクカワ・ユタカ、そしてスズナカじゃ」

グランディーヌはタナベたちが何か言う前に

「……その三者に近寄るな、と」

老人は深く頷いて

「その三者に協力しないのであれば、こちらも攻撃はしない。今後、わしは人間たちを暗に纏め上げてその三者を殺す戦を仕掛ける。傍観していてほしい」

ヤマモトが額に血管を浮き立たせ

「仲間が殺されるのを黙って見てろっていうのか!」

いきなり怒鳴って、老人につかみかかろうとしてグランディーヌのコートの中から伸びてきた、五本の太い紫の触手に止められる。

「……殺せると決まったわけではないし、この人が帰ってから考えればいい。ヤマモトさん、落ち着いて」

タナベが冷静な顔で

「……ブランアウニス虚無王による今回の攻撃で僕らの仲間は何人死んだか、知っていますか?」

老人は首を横に振る。

「そこまでは分からぬ。魔力の変動を感知する限り、つい三十分ほど前のことじゃ。これから、わし自ら向かい、調査を開始するつもりじゃ」

そして立ち上がり

「よくよく、考えてほしい。我々人間は君たち四人いや、四人と一匹の敵ではない」

背を向けた老人にグランディーヌが

「竜騎国のファルナ王女は、今どこに居ますか?」

老人は笑いながら振り向くと

「首都の居室で軟禁されておるはずじゃ。取り返すには、混乱している今が好機かもしれぬぞ」

そう言って、去って行った。

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