利用価値
同時刻。
竜騎国首都から西に七十キロほど離れた
山中に打ち捨てられた廃城の城郭の埃塗れの大部屋の中。
「ほんとに大丈夫?こんな、誰も居ない場所で」
ワタナベがカンテラで辺りを照らしながら
ジンカンに尋ねる。
自らもカンテラを持ったジンカンが
爽やかに微笑みながら
「もちろん、大丈夫だよ。
俺達には普通の人間は防衛には必要ないだろ?
それに、悪魔たちが四方八方からかかってきた場合
このくらい複雑な構造の場所の方が良い。
それに……」
ジンカンは笑いながら
「いや、ちょっと地下室に行ってくる。
"障壁"のスイッチを入れるタイミングを探るよ」
ワタナベは何かを勘づいた顔で
「……もうくるの?」
ジンカンは微笑みながら小声でワタナベの耳元に近づいて
「ああ、一時間以内だ。
死ぬなよ、マイフレンド、ナベちゃん」
ワタナベは何度も深呼吸を繰り返して
落ち着いた顔になると
「誰も死なないよ。……ジンカン君が
嫌いなスズナカさんたちを見捨てなければね」
ジンカンは腹を抱えていきなり笑い出して
「やっぱり分かるよなぁ。ばれてたか」
ワタナベは鋭い顔で
「……タナベ君たちは大丈夫なの?委員長は?」
カンテラでジンカンを照らしながら尋ねる。
ジンカンは苦笑いしながら
「あっちは、こっちとは"罠の種類"が違うから
今日のタイミングじゃないと思う。
時限式だな……だから、サポートするのは今じゃない。
委員長は……ユタカさんが保護しているはず」
「そっか……ねぇジンカン君。
もし僕が今日、死んでも、みんなを頼むね」
ジンカンは背中を向けて
「縁起でもないこと言うなよ」
そう言って、部屋を出ていって廊下に出た後にポツリと
「まだ、君の利用価値は終わってない」
と無表情で呟いた。
ジンカンはそのまま階段を下りて
城砦内の一階ホールでカンテラをそれぞれ持って
待機しているスズナカとユウジの所へと行く。
「クマダ君、屋上に待機していてくれ。
吸収は"炎"だ。三秒ほど耐えてくれ。
すり抜けて城内に入ってきた悪魔たちは
ナベちゃんがやってくれるだろう」
ユウジは黙って頷いて、階段を駆け上がっていった。
「スズナカさん、悪魔たちは君を狙って
一直線にやってくるだろうから
あっちの、食堂の暖炉の近くに居てくれ」
「分かったわ」
スズナカは嫌そうな顔して頷いた。
その背中をジンカンは思い出した顔で呼び止めて
「……各地に、デコイは撒いてきた?」
「言われたとおりにやったわ。
国中から似た顔の女子を集めて金髪に染めて
私だと思い込ませて
東西南北に、私の囮として置いてきた」
「よし、君はここに居れば安全だ」
食堂へと去っていくスズナカの後ろ姿を
チラッとジンカンは見ながら
「……ここに居れば、ね」
と呟いた。
ほぼ一時間後。
竜騎国国境線数メートル南の山中。
紫色で継ぎはぎの頭を晒したブラウニーが
大柄な黒馬に乗り
背後に、数十人の跪き、漆黒なローブのフードを
目深にかぶった黒魔術師たちを従えて、
「諸君、狡猾なるジンカンは東西南北から
等しく最大限に近い距離離れた、ナグスェル城跡に
自らと仲間たち三人を移動させた」
そして、残った一本の腕を夜空に出ている月に向けて掲げると
「……そして、かの城砦は悪名高き"魔法障壁"発生装置が
仕掛けられている。
だが諸君、それは我々の想定内だ。
タナベがまだ生きているということ以外は
私の計画に狂いは生じていない」
ブラウニーは掲げた片腕を下げて
満足げに笑うと
「……時間だ。久しぶりの地上は中々に楽しかった。
では、ジンカン・アキノリを狩りに行こうか」
そう言うと、大柄な馬ごと
静かに身体が炎に包まれだした。
背後で跪いた数十人の黒魔術師たちも
同時に激しく燃え始める。
延焼した辺りの山林が瞬く間に業火に包まれていき
激しい火柱は百メートルほどの人の形になった。
再び、廃城跡。
その数十メートル下層に造られた地下室。
ジンカンが冷や汗を垂らしながら
殺風景な地下室内の床中に描かれた
紫色に激しく発光する魔法陣の
中心に立っていた。
「……かっきり二十七秒しか障壁は張られない。
そして二十七秒も持たない。
残りはクマダ君とワタナベ君に頼る、三十秒耐えれば勝てる。
一秒の狂いも許されないな」
そう言った後に、またポツリと
「……戦力分散させる囮は、置いてきた。
ごめんね。君の利用価値はもうないんだ」
自分を納得させるように呟いて
「三、二、一……!」
思いっきり魔法陣の中心を踏みつけた。
ところ変わって
廃城の城郭の地上から数十メートルある最上部では
ユウジが空を見上げて
顔をこれでもかと歪めて大笑いしていた。
彼の見上げる雲のない夜空には
四方から、百メートルほどの大きさの人型の火柱が迫っていた。
「ははははははははははははははははは!!
ここが俺の死に場所か!!」
そう叫ぶのと同時に、廃城全体が紫色の透明なバリアに包まれた。
人型の巨大火柱は四方からバリアに覆いかぶさるように
寄ってきて、バリアを蹴ったり殴ったりしながら
ゆがめ始めた。
「チッ、つまらん……」
ユウジがそう言った瞬間に
城全体、いや山中全体が地震に遭っているように、猛烈に揺れ始める。
同時に城を包む、バリアが薄れ始めた。
人型の巨大火柱が、薄れたバリアをこじ開け始める。
「おお、いいぞ……来い!!来いよ!!
俺に生きている実感を感じさせてみろ!!」
ユウジはそう叫んで、両手を頭上へと広げた。
襲撃の一分前。
ところ変わって、竜騎国首都、城内の大浴場。
「はぁ、やってらんないわ。
なーにが、私が標的だから囮になれよ。
ジンカンのやつ、一人で死ねばいいのに」
金髪を、頭に巻いたタオルで束ねた
スズナカが、一人で広い湯船の中、入浴していた。
「お背中、流しましょうか」
顔を頭巾で隠した小柄なメイドが入ってくる。
「いいわ。ほっといて、あと三分したら来て」
お湯から出した右手をシッシッとスズナカは
メイドに向けて払う。
メイドは深くお辞儀して、次の瞬間には霧のように
スズナカの背後に回り込んでいた。
服のまま湯船に漬かったメイドにスズナカは冷静な顔で
「……何人、私のコピーが居ると思ってんのよ。
そもそも、私でさえ、自分が本当に私かすら
分かんないくらい、私のコピーを造り上げてきたのに
本当に、これが私だという確証は?」
メイドは静かに懐に隠し持っていた
短刀を鞘から抜くと
「……ご心配なく、砦内の一人を残して
全員同時に殺しますから」
スズナカは冷めた顔で
「はいはい。さっさとやってくれる?
もうウンザリなのよ。このダサい能力も
狂った世界も……クソみたいな仲間たちもゴボッ……」
背後から首を掻っ切られて、そのまま湯船に鮮血と共に
顔を沈めた。