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愛により

険しい岩場を削って、辛うじて道もどきにしたような

雪道をヤマモトたちが先になって

進んでいる。空は快晴である。

「うぅ……やめません……?」

グランディーヌの頭上で彼女の触手に

グルグル巻きにされているハーツが

情けない声を出す。

「ハーツちゃん、それ二百八十七回目」

「……そっ、そんなに言ったかな……」

「うん。ここはハーツちゃんが必要なの。

 諦めるべき」

「うぅ……」

「あ、居たぞ……でかいな。

 めちゃくちゃでけぇぞ……」

ヤマモトがサッと近くの岩場に身体を隠した。

グランディーヌが触手を伸ばして

ハーツに岩陰から向こうの景色を見せる。

「ばぁばっ……ぼばばばば……」

次の瞬間に、岩場の奥の景色を見たハーツは

泡を噴きながら気絶していた。


岩場の奥に広がる湯気の立ち上る火山湖に

体長五十メートルほどの全身が黄色のドラゴンが

傷だらけでボロボロの身体を休めるように

静かに横たわっていた。

ヤマモトの背中から降りたタナベが

真面目な顔で白い金属の塊を出して

指で触り始める。

「……"イエレン 性格"で検索してみる」

ヤマモトは黙って頷いて

岩陰からドラゴンを眺め始めた。

グランディーヌは、数本の触手をハーツの服の中に

もぞもぞと入れて

「……やっぱり漏らしはじめた。触手で吸収しとく」

ヤマモトが驚いた顔で

「汚いだろ……」

「私にとってはアンモニアを含んだ水分でしかない。

 それよりも、服が冷えた水分を含んで

 ハーツちゃんの体温を奪うことの方が問題」

「……確かに。考えが浅くてすまん」

ヤマモトが素直に謝ると、グランディーヌは首を横に振って

「いい。何と思われようと、私は私のやるべきことをやる。

 今はあなたたちの仲間だから

 あなたたちが、上手くいくようにあらゆる手を尽くす」

「頭が下がるな」

ヤマモトが苦笑いしていると、タナベが

「……イエレンは、真面目な性格なようだ。

 竜騎国のファルナ王女の特別顧問としても

 個人的な相談にも乗っていたんだって……」

「あっ……うわっ……ひっ」

などと意識のないまま悶えているハーツの身体の中に

触手をモゾモゾと這わせているグランディーヌが

冷静な顔で

「うーん……やっぱりハーツちゃんが必要だと思う。

 それだけ親密だと、最初にヤマモトさんたちが行ったら

 即座に戦闘になるね……」

「そうか……ワタナベたちが好き勝手

 やったみたいだからな」

「……リュウ、僕たちもオースタニアで好き勝手

 やってたよ」

「確かに……今考えるとな。必要だってその時は

 思い込んでたんだけどな……」

落ち込む二人に、グランディーヌが冷静な顔で

「とにかく、ハーツちゃんを起こすしかない。

 今、気持ちよく起きられるように快楽のツボを突いてるから

 意識を取り戻したら、タナベさんが

 ハーツちゃんに、言葉でもう一押ししてほしい」

タナベが戸惑った顔で

「何を言えばいいと思う?」

グランディーヌは真面目な顔で彼を見据えると

「とても信頼していると、絶対にできると伝えて。

 あとは、私がサポートしながら

 ドラゴンの前に立たせるから」

タナベは真面目な顔で頷いた。


五分後。


「ハーツさん。僕はハーツさんを本当に信頼している」

顔を真っ赤にして

ハーツの両肩に手を当てたタナベがそう言うと

「は、はい……」

ハーツも頬を赤らめて頷いた。

「できるよ。きっとできる。

 何かあったら、いつでも僕たちが助けに行くから」

「グランディーヌちゃん!

 な、なんか、やれそうな気がしてきたよ!」

グランディーヌは頷くと

ハーツの身体を触手でグルグル巻きにして

頭の上に掲げ

岩陰から出て、足元から出ている何本もの触手で

器用に雪道を歩いていきながら

素早く火山湖へと近づいていく。

その様子をタナベとヤマモトは岩陰から

祈るように見守りだした。


湯気を出している火山湖へと近づくたびに

雪は無くなっていき

剥き出しの地肌になると、グランディーヌは足元の触手を引っ込めて

人間のものと同じ二本足をコートの中から

代わりに出して、コートの中から靴を取り出すと履いた。

数十メートル向こうには、巨大なイエロードラゴンが

湯気の中で揺らめいている。

今さら弱気な顔になったハーツが

「やっ、やっぱり止めない?」

グランディーヌは、ふーっとため息を吐いてから

「タナベさんの本当の愛が欲しければ

 いま頑張るべき。あなたの有用性を見せれば

 彼はもっと、あなたのことを好きになる」

「うっ……たっ、たしかに……」

「それに、あんなに信頼の言葉をかけてくれた

 タナベさんの期待を裏切るの?」

「……グランディーヌちゃん!」

ハーツは急にやる気になって

「降ろして!私、愛のために頑張ります!」

「うん。でも逃げられないように監視はするからね?」

「はい!監視でもなんでもして!」

グランディーヌは冷静な顔で

ハーツを降ろして、触手をほどいた。

そしてコートの襟から出ていた触手をシュルシュルと

コートの中へと収める。


さらに二人が歩みを進めると

巨大な黄色の肌を持ったドラゴンの顔が

目の前で両眼を閉じていた。

肌は細かい傷だらけで、横たわる巨大な体は

ところどころ、大きな鱗が剥げて、真っ赤な肉が見えている。

ハーツはヤケクソな感じの表情で

小柄な体の両腕を振り上げると


「こらーっ!!起きんかーいっ!

 悪魔ハーツ様が、愛により、参上したぞーっ!」


大声を出した。

すぐ背後のグランディーヌが思わず顔を抑えて

「ハーツちゃん……それ、やりすぎ」

「えっ……」

ハーツがグランディーヌに振り向いた瞬間に

ドラゴンが巨大な黄金に輝く両眼を開けて

二人を見つめていた。

そして、微かに口を開けると


「小悪魔と、魔法生物か……何の用だ」


思ったよりも若々しい声で

尋ねてきた。

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