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モウスミル伯爵

ところ変わって

同時刻、オースタニア王国、マグリア帝国

国境付近。



粉塵が猛烈に巻き上がる

目前の戦場を、馬に乗り

屈強な鍛え上げた体に緑色の制服を着て

茶髪の髪の毛をオールバックにした

品のよさそうな顔をしたアラナバルが

騎兵たちに囲まれて

呆然と目前の戦場を眺めていた。

次々に彼の近くに、軽装の偵察兵たちが

真っ青な顔で報告をあげてくる。

「アラナバル司令官!もう陣形が持ちません!

 オースタニア軍は次々に規模が膨れています!」

「オースタニア全土から持ち場を放棄して参戦してきた

 防衛軍たちや、それに

 鍬を持った農民や、工具で戦う大工まで

 それに弓を持った女子供たちまで

 そこら中から参戦しています!

 もはや防ぎきれません」

「司令官!ドンベル将軍が

 長城ラインを完全放棄して

 第二防衛線のレナード城まで撤退の許可を

 求めてきています!」

「非正規軍を入れると、オースタニア軍は

 三十万規模まで、膨れ上がっています!

 さらに増えているとの報告も!」

「バルグス少佐の無敗重装騎兵団五千が

 オースタニアの暴走する先鋒軍に五分で呑み込まれて

 全滅したとの報告が!」

男は歯ぎしりをして

苦み走った顔で

「クソッ……なんてことだ。

 スベンの死がこれほど、帝国への憎しみへと

 変わるとは……地方領主たちに借りを造っても

 あと二十万ほど増援を要請すべきだったか」

「あら、お困りですか?」

いつの間にか、アラナバルの背後には

真っ黒な馬に乗って、プレートメイルで武装している

サキュエラが居た。髪の毛を束ねて

化粧を完璧にしているサキュエラは

妖しげな美しさを、馬上からそこら中に

振りまいている。



「モウスミル伯爵……」



「うふふ。その名前で呼ばれるのも久しぶりですわね」

サキュエラは上品に笑うと

「アラナバル司令官、我が領地へと、どうぞご撤退を。

 既に、手のものを長城守備隊ドンベル将軍の元へ

 走らせました。撤退を開始するでしょう。

 まだ、今ならば損害も少ないですし

 わたくしの魔法兵団に殿(しんがり)

 任せていただければ、下賤なオースタニア軍など

 簡単にお停めしますわ」

「よ、良いのですか!?

 わが軍は既に増援を繰り返して十万規模ですが

 食料は?」

「ふふふ。溢れるほど、備蓄がありますことよ。

 我が領土が帝国の穀倉庫と呼ばれている事実を

 ご存じなくて?」

サキュエラは楽しそうに笑う。

「この借りは……」

サキュエラはアルナバルを手で制して



「……わたくしと致しましては

 中央政界へと、帰還する切欠が欲しいだけですの。

 それで貸し借りは無しに致しません?」



アラナバルは両手を組んで深くサキュエラに頭を下げると

「恩に来ます! 

 キランズ!モクスウェル!左右両部隊へと

 長城ラインからレナード城まで撤退の指示を!」

すぐに左右の騎兵が粉塵の立ち上る戦場へと駆けて消えていく。

「ドーンブ!ハーケン中佐に二万を預けて

 モウスミル伯爵の部隊が来るまで

 殿(しんがり)をさせろ!

 オースタニア軍の火薬部隊へととくに注意を

 怠るなと伝えろ!焼殺のメボラと

 爆殺魔マルハナーンに好き勝手させるな!」

さらに左の騎兵が戦場へと駆けていく。

「司令官様は、下がりませんこと?」

サキュエラが尋ねると

「私は、モウスミル様の部隊がハーケンと交代するまでは

 最低でも、ここに留まる義務があります」

「ご立派ですこと。

 すでにわが軍は、戦場の南北から

 オースタニア軍を魔法の幻影で威嚇しながら

 バラスィ代理指揮官の居る本隊へと

 迫っていますわ。お気になさらずハーケン中佐にも撤退の御指示を」

「伯爵……」

泣きそうなアラナバルが頭を下げて

「全軍撤退だ!殿(しんがり)も中核軍も即時撤退!レナード城へと急げ!」

騎兵たちと共に背後へと去っていくと

サキュエラは粉塵の中で一人大きくため息を吐いて

「ニャラング、じゃあ、やるわよ。

 いい?面倒だけど人を殺したらダメだからね。

 足を進ませるときは、下を見るのよ?」

サキュエラの乗っていた黒い馬は大きく息を吐いて

そして粉塵の中へと駆けて行った。




ところ変わって

オースタニア軍本陣。


ローブ姿のバラスィがクシャクシャの頭をかきながら

駒の置かれた地図が広げられたテーブルに向っていた。

広いテント内には二人しかいない。

「んぐぐぐ……こっちはもはや三十七万か……でも

 怒り狂った非戦闘員の市民が多すぎる……このままでは

 沢山死んでしまう……どうしたら……」

鼻水が垂れてきて

サッと横にいるちょび髭の士官がハンカチを渡すと

バラスィをそれを拭って

「わからん……こればっかりは分からん……。

 戦略的にも、市民たちに長城を越えられるとまずい……。

 不意の侵略になってしまう……。

 そうすると、帝国との全面戦争になりかねない。

 スベン様……どうしたらスベン様……」

テントへと駆けこんできた兵士が

「司令官代理!!

 東西南北から二十メートルほどの背丈のある

 毛むくじゃらの巨人計七体が、雄叫びを上げながら

 ゆっくりと、この本陣目指して直進して来ています!」

「なっ……みっ、見間違いじゃないのかぁぁ!」

バラスィは情けない声を出して

涙目を拭った。

「諜報員たちによると、最近竜騎国に出現した

 巨大生物と外見の特徴が一致すると!

 弓も槍も火薬も効きません!ご指示を!」

バラスィはガクガクと震えだして

歯をがちがち鳴らして、涙と鼻水を垂らしながら

「お、終わりだ……その巨大生物の目的は恐らく私だ……。

 こっ、こんなとこで……私は死ぬのか……まだ若いのに……」

サッと差し出された新たなハンカチで

鼻をかむと

「……あっ、あははははは!あはははは!

 そうか!ならば逆手に取ればいいな!」

発狂したように笑い出して

そして、フっと冷静な顔に戻り

「全軍撤退!巨大生物とは一切闘うな!

 武器の無駄だ。巨大生物の攻撃目標の私はここで死ぬ!

 私のことは見捨てろ!

 オースタニア軍には、パニックになった

 市民たちを守り、北と南そして西へと

 速やかに撤退せよ!モーンズ!お前も伝達にいけ!」

ちょび髭の男は軽く頭を下げると

伝令兵と共にテントを出ていった。

それをバラスィは唖然と見つめる。

「もっ、もう少し……何か別れの言葉とかぁ……。

 うううぅぅ……くううぅぅう……まだ

 二十五だぞ、私……ちょっとは惜しめよぉ……

 モーンズ、お前、四十三のいいおっさんだろ……」

その場に座り込んで、バラスィはガクガク

震えだした。

テントの外では怒号が響いて

急速に兵士たちが撤退していく音が聞こえる。

「に、逃げようかな……だっ、ダメだ。

 巨大生物の進行ルートが変わると

 それだけ被害が出る……一直線でここまで来させて

 そして、私が死ねばきっと、我がオースタニア王国を

 破壊はしないだろう……いや、待てよ。

 なんか、おかしいぞ……」

バラスィは震えを止めて、

「……なんで私なんだ?

 竜騎国の煉獄から来た子供たちなら分かるが

 なんで、賢くて美しく優秀な指揮官だが

 普通の女の子でもある私なんだ?

 それなら、アラナバルを同時に殺しにいってもいいだろうが

 そんな伝令はなかった。

 北方や南方にも、私程度の指揮官は居るし

 それに、亡くなったスベン様は、ああいう手合いには狙われたこともない……」

バラスィはそのまま

しゃがんだままブツブツと呟いて

考え込んで動かなくなった。

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