加護のない彼女
しばらく洞窟内で休憩して暖も取った後、四人は再び山頂への険しい山道を登り始める。
空は良く晴れているが、足元の雪は深い。
ハーツはさり気なく逃げようとしていたので、グランディーヌが触手でグルグル巻きにして背負い、先頭を進んでいる。
「むぐぐ……んぐぐ……」
口元を触手で押さえつけられて話せないハーツが呻くが
「ハーツちゃん。喋らないで。体力を温存するの」
「んがーっ……はふぅ……」
ハーツは一瞬暴れようとしてすぐ諦めた。
タナベを肩車したヤマモトが
「もうちょっと……根性見せろよ……」
「リュウ、仕方ないって。でもハーツさん、お願い」
タナベはヤマモトの上からハーツに声をかける。
「ほら、成功したらヒサミチがデートしてくれるって言ってるぞ!」
「いっ、いや、そこまでは……」
ハーツは頬を赤らめて、両眼を潤ませヤマモトたちの方を見つめだした。
「あ、余計な事言っちゃったわ。すまん」
「い、いや、僕としては何ていうか……」
タナベは黙り込んでしまう。
同時刻
逆さの塔最下層の小島の静かに波が打ち寄せる砂浜
血まみれになって、白眼を剥き、ぼろ切れを纏っている小柄なターシアを傷だらけのサンガルシアが右手で逆さづりにしてブラウニーと、その横に立つ金属人形を背負った俺に見せてくる。
「いやー手こずりましたわ。ぜーんぜん、俺を手放す気ない感じでしてなぁ。王様、重ね重ね、申し訳ありません」
傷だらけの顔でニカッとサンガルシアは笑った。
「……抹殺しておいても良いが。どうしようか」
微笑みながら尋ねるブラウニーに向け、サンガルシアは意味深にニヤリと笑って長身から見下ろすと
「……使うんでしょう?天使でも悪魔でもない"自称大天使"のこいつを」
「ふふふ……ファルナバルの加護も各層の王の加護もない彼女は所詮は堕天使に過ぎないか……」
「闘ってみてよくわかりましたわ。女神さまはこいつを見捨ててます。まぁ、フリーランスってのは辛いもんです。経験しないとわかりませんなぁ。なっ、ターズ」
サンガルシアは俺を見てくるが
「知らん。俺を見るな」
そう答えると、彼は嬉しそうに笑いながら
「くくくっ。じゃあ、この汚いもんとあと皇太子殿下を持って帰還しましょうか」
「ああ、そうだね。魔力の余剰分を使うとしよう」
ブラウニーは残った片腕を真上へと振り上げ、両眼を瞑り
「女神ファルナバルの代理者として我、理力、秩序そして、成約に基づき、かの地とこの地を繋がん……ケイオスドアー……」
ゆっくりと彼が振り上げた腕を真正面に降ろすと真っ赤な剥き出しの肉で出来た、高さ三メートルほどの扉が目の前に姿を現した。
扉はその表面上部の大きな一つ目を見開くと
ギョロギョロと俺たちを見つめ、さらに下部の大きな牙塗れの大口を開き
「……帝都……玉座の間で……よろしい……でしょうか……」
途切れ途切れに聞いたこともないような汚らしい濁声で言ってくる。
「ああ、頼む」
ブラウニーが継ぎはぎだらけの顔で涼し気に頷くと、肉の扉は静かに開いていく。




