イエレン
ほぼ。同時刻
北方の国の北東部の雪原。
「ああああ……高い……高すぎる」
ハーツが、広大な雪原を進んでいく雪進船の上でへこたれて
グランディーヌに情けない顔で抱き着いている。
四人が見上げた先には
視界左右に雪を深く被った真っ白な大山脈が広がっていた。
「間違いない、依頼書の山はあれだね。
山頂まで三時間ってとこかな」
タナベが金属の塊を指でいじりながら言う、
ヤマモトが笑いながら
「俺がお前を背負って、グランディーヌが
ハーツを背負えば、一時間半だろ」
「ええええええええ……私、待ってますよぉ」
グランディーヌが首を横に振り
「ハーツちゃんも来た方が良い。
たぶん、ここら熊とか住んでる。でかい野生動物だよ。
熊が怒ったらハーツちゃんじゃ勝てない」
「なんと!くうぅぅう……」
ハーツは真っ青になって、うな垂れた。
三十分後。
四人は山脈麓の斜面の雪道を進んでいた。
シルバーソングを背負ったヤマモトに
タナベは肩車されていた。
着込んでコートのフードを目深にかぶったハーツは
グランディーヌのコートの裾から
ウネウネと伸びる数本の紫の触手で
頭上に持ち上げられている。
グランディーヌの膨らんだコートの下からは
さらに太く長い五本の触手が伸びていて
深い雪道を、難なくかきわけて登っていっている。
タナベがその様子を見下ろしながら
「人間の部分を半分にすることもできるんだね」
と尋ねると
グランディーヌはそっけなく頷いて
「あらゆる状況に対応しないとダメって
王様には言われてた。
だから、半人間状態とかも自在にできるようになった」
「そっか。すごいなぁ……」
ヤマモトがふと思い出したように
ザクザクと雪道を登りながら
「……なんで、逃げてきたんだ?」
尋ねると
グランディーヌは少し黙った後に
「……人間の生活に憧れてた。
王様が書物を沢山くれて
人間の生活を教えてくれた」
その頭上で触手に持ち上げられているハーツが
「……虚無界は、悪魔と鬼と亡者しか
居ないからねぇ……」
残念そうにため息を吐いた。
さらに三十分ほど四人は
次第に険しくなる山の中腹の山道を登り続ける。
そして、洞穴を見つけて
その中へと入り、休憩をとることにした。
グランディーヌがコートの中から
バスケットケースを出して
全員にサンドイッチを手渡す。
「温かい……便利だねぇ」
「うん。触手でケースを包んで
保温くらいはできる」
ヤマモトは真面目な顔で
それを食べながら
「復習しとこうか、ヒサミチが調べた
イエロードラゴンの情報を」
タナベは金属の塊を凝視しながら
「えっと……イエレンっていう
竜騎国のファルナ王女の直属の大型ドラゴンで
体長は五十メートル。
ワタナベ君のロケットランチャーによる
砲撃で、首都周辺の渓谷に落下したのちに蘇生。
夜間に竜騎国を脱出。
今は、この山の山頂付近の巨大な温泉で
身体を休めている……」
「ううぅう……ドラゴンって
地上で一番強い生き物なんですよね……」
グランディーヌが首を横に振って
「もう違うよ。たぶん、今地上で一番強いのは
オクカワ・ユタカ。
それからヤマモトさん、本気出せば
ドラゴンと同じくらい強いと思う」
ヤマモトは苦笑いしながら
「そういうのはいいって。
それよりも、戦わないでいい作戦はあるんだろ?
最低限、この国から、退いてくれたら
報奨金ゲットできるし
そろそろ教えてくれよ」
グランディーヌは真顔で
「話し合って出ていってもらうように頼む。
あとちゃんとあなたたちは、ワタナベたちの仲間だって言う。
嘘ついちゃダメ。隠し事しちゃダメだよ」
「……それがダメなら?」
「力で脅す。私とヤマモトさんが本気で戦えば
勝てると思う。すぐに逃げてくれたら上出来」
「分かった。まずはドラゴンに誰かが交渉しないといけないけど
それは僕がやればいいかな?」
タナベが真剣な顔で尋ねると、グランディーヌは
静かにサンドイッチを
幸せそうに頬張っているハーツを見た。
「……?えっ、私がえっ?」
状況が呑み込めていないハーツは
しばらくむせた後に
「……ドラゴンと私が?」
「うん。立場的に中立だし
悪魔であるあなたと、魔法生物である私を
受け入れてくれたタナベさんたちのことを
理解させるには、あなたが説明するのが一番」
「……」
ハーツは真っ青な顔で皆を見回した。