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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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幻術

さらに一時間ほど砂浜で待っていると、殺気がようやくこの無人島の反対方向に広がる森に上陸したことが分かる。

「……遅かったな」

すでに機械人形は砂浜の少し離れた場所の中にブラウニーと共に埋め終わり、少女と戦う準備はできている。

「サンガルシアを待つ為の良い暇つぶしができた」

ブラウニーは上機嫌だ。ここまでの行程が上首尾だからだろう。

さらに数十分待っていると百メートルほど離れた森と砂浜の境界から全身傷だらけで服がボロボロの少女がフラフラと現れた。

そして砂浜に入ると数十メートル手前で立ち止まり、こちらを恨めし気に見つめてくる。

「……ふむ。思ったより消耗が激しいな。魔力は当然として、体力的にももはや限界か」

「小突いたら倒れそうだな」

ブラウニーは涼し気な瞳で少女を見つめ

「いや、達人というのは追い込まれるほど、新たな目を開いていくものだ。君の修行の相手にちょうど良いかもしれない。気を抜かずに闘ってほしい」

「……分かった」

俺は服を脱ぎ捨て、真っ黒な骨だけの身体を晒しゆっくりと少女へと近づいていく。


少女は肩で息をしながら

「……あっ、あなたたち!諦めなさい!私が……」

と言った瞬間に、立ったまま気絶した。

次の瞬間には、白眼を剥いたまま俺の方を向いてくる。そして不敵に笑い

「……殺す」

と呟いて、俺へと猛烈な速度で襲い掛かってきた。

瞬く間に右腕に取りつかれたので全力で振り払うと、吹き飛ばされた少女は宙をクルクル回って砂浜に着地して

「ヴォオオオオオオオン!!!」

獣のような低い声で吠えると、再び突っ込んできた。

直線的な動きだったので避けようとすると、すれ違いざま、直角に方向転換して俺の左のあばら骨辺りにスピードの乗ったパンチを叩きこんできた。

回避が間に合わなかった俺のあばら骨が数本砕け散る。だが、痛みはなかった。

さらにその攻撃動作を引っ込める一瞬の隙を突き、俺は少女にヘッドロックをかけた。

そして容赦なく締め上げていく。

泡を吹いて、鼻水を垂らし小便を漏らした少女はそのまま動かなくなった。

パッと手を放して柔かい砂地へと落とす。

ブラウニーが近寄ってくると体液で砂浜を濡らし染めている少女を見下ろし

「……筋は悪くなかった。君にも良い経験となったはずだ」

俺が黙って頷くと

「サンガルシアが帰ってくる前に砂浜に埋めよう。それで再追跡までの時間が稼げる。」

彼は砂浜の波の来ない奥へと俺をいざなって、俺と穴を掘り始める。


穴を掘り終わって少女の首だけ出し、砂浜に埋め、さらに帝国皇太子だという機械人形を二人で黙々と掘り出していると、ブラウニーがふと、海の向こうを見つめた。

直後に水平線の向こうからサンガルシアが海を走ってくるのが見え、瞬く間にこの砂浜までやってきた。

首だけ砂浜に出ている少女を見つめると

「……大したもんやな。ただ、ペース配分間違っとる。明らかに地下迷宮入り口で、待ち構えていた方が理に適っとった」

ブラウニーは微笑みながら

「フロート……」

俺たち三人を青い光で包んだ。

「王様、ターシアをボコボコに締め上げて吐かせたところによりますと、あっちの方に、緊急脱出用のエレベーターがあるそうです」

「分かった。彼女もかわいそうに」

「実力ないのに大天使とか言うからや。この身体の俺にすら傷一つ、つけられませんでしたわ」

ブラウニーはニコリと笑って

「……ダークディケイド」

左腕を伸ばしその手をサンガルシアへと翳した。

次の瞬間にはサンガルシアの身体を球状の薄く発光する暗闇が包んで、そして全体を締めつけ始める。

「うっ、うおおおおお……王様……何を!」

ブラウニーは微笑みながら

「ターシア、戯れが過ぎるのではないかね?我々は女神ファルナバルに任命された調停者だ。君はその我々に対して、既に越権行為を四つほど侵している。女神と我々大悪魔との協約により、死罪が相応しいが」

「くっ……ばれていたか……」

サンガルシアは顔を歪めてなんと、苦しげに笑った。


「……越権行為者に対する魔力は協定により際限なく使用してよいとされている。つまり、私は君をこの場で簡単に滅ぼすことができる。だが……」

ブラウニーは翳していた腕を降ろし、血まみれのサンガルシアが砂浜に激しく吐血しながら座り込むのを見ながら

「サンガルシアを即時解放するのならば、君の不敬に眼を瞑ってやっても良い」

「……」

サンガルシアは悔し気に立ち上がり、そして薄くなり消えていった。

「……何が起こったんだ?」

「ターシアの幻術だ。サンガルシアに化けて我々を殺す気だったようだ……しかし、本来の私の身体の幾つかの魔法は幻術を貫通するのだよ。術者に直接ダメージを与えることができる」

「そうか。それであっさりと引いたんだな」

ブラウニーは黙って頷いた。

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