いい仕事
同時刻、地上世界、遥か東方の国。
どこまでも深い闇が広がっている中で
カランッ
と音がした。
「これか……飛天魔将輪の鈴……」
オクカワ・ユタカの声がして
微かに鈴の鳴る音がする。
そして再び、辺りは音がしない闇へと戻る。
同じ時刻
粉雪が舞い落ちる
北方の都市の狩猟ギルド入口。
「な、なんでぇ……なんで仕事するんですかぁ……」
涙目のハーツが
ヤマモトとタナベに抗議している
コートのフードを目深にかぶったグランディーヌは
ため息を吐いて首を横に振り
何か言いかけたタナベを手で制して
「ハーツちゃん、何かするってのは
とても生活リズムのために大事なことなの。
お金が必要なくても、何かしたいっていう
この二人の気持ちは、正しいと思うよ」
「でっ、でもぉ……せっかくだし、今お金あるんだし
遊んで暮らしましょうよぉ」
ヤマモトは苦笑いして
「頭の中まで、自堕落にできてるのは、お前だけだよ」
「ちっ、違いますってぇ……今まで過酷な労働環境だったからこそ
私は沢山遊びたいんですよぉ」
「ハーツちゃん……でも、虚無界でも、結構サボってたよね?」
「うっ……必要な休憩です!」
タナベはハーツの背中をポンポンと叩いて
「ハーツさん、行こうか」
ハーツはドキドキした顔にいきなりなり
「……はっ、はい……」
二人で狩猟ギルドへと入って行く。
ヤマモトとグランディーヌが目を合わせて
呆れた顔をした。
ギルド内のカウンターには
以前と同じ中年の女性が立っていて
ヤマモトたちを見るなり
「ああ、またあんたらかい。
いい仕事あるよ」
とポンッと丸めた紙を投げつけてきた。
受け取ったハーツがそれを広げて
「えっ、えっとぉ……。
ひっ……暴走したドラゴンの狩猟任務……。
戦乱の竜騎国から逃れた大型イエロードラゴンが
うぅ……ここから北東の山岳地帯に
潜んでいるので……ひぃぃぃ……討伐を依頼する……。
サムリンガル王国……国王アウグネスト・バーンスゥエル……」
ハーツは読み終わると、その場に座りこんで
へこたれた。
カウンターの女性はニヤリと笑って
「今朝発行の、この国の国王様からの御依頼だ。
ちなみに任務のランクは特級。褒美は思いのまま。
でも、当然、引き受け手なんて誰もいない。
みんな、命が惜しいからね。
どうだい、やらないかい?」
ヤマモトがしゃがんで
ハーツの手からから討伐依頼書をサッと抜き取ると
「ちょっと、待ってくれ。
みんなで検討してみる」
「ああ、ドラゴンは暴れてるわけじゃないから
時間はまだある」
カウンターの女性は頷いて、ギルド内
隅の席を指さした。
四人はそこに座って
依頼書を広げて、検討を始めた。
「ヒサミチ、どうだ?いけそうか?」
ヤマモトはテーブルを挟んで座る
憔悴しきったハーツと並んで座るタナベに声をかけた。
「……グランディーヌさんが協力してくれるなら
勝算はあると思う」
タナベは、ヤマモトの横のグランディーヌを見つめた。
彼女はそっけなく
「いいよ。でもね、みんな忘れてるけど
そのドラゴンは本当に、悪いやつなの?」
「……討伐依頼が出ているくらいだ。
凶暴なんじゃないか?」
ヤマモトが適当に言うと、グランディーヌは真剣な顔で
「……ちゃんと、現地に行って見てみないと
きっと分からないよ。
最初から殺そうとしたらダメだと思う。
一度、話し合わないと」
タナベが感心した顔で
「グランディーヌさんって、きちんとしてるなぁ……」
つい漏らすと、彼女は毅然とした顔で
「虚無王様から、私、教わったの。
戦うのは最後の手段だって。
まずは話し合って仲良くできないか考える
それがダメなら相手の弱みを握って
支配することを考える。
それもダメそうなら、全存在をかけて戦えって言われたよ」
「あっ、グランディーヌちゃん……あの
タナベさんを襲撃したのは、虚無王様だから……」
ビクビクしているハーツと対照的に
グランディーヌはまっすぐにタナベを見つめた。
彼は少し驚いた顔をした後に
「……そうだね。僕らの敵だけど
その考えは、悪くないと思うよ」
真面目な顔で頷いた。ヤマモトは不快そうに
「……まぁ、いいとこは取り入れねぇとな」
絞り出すように言った。
一時間後。
準備を終えた四人は、自動で滑っていく幅五メートルほどの
小舟のようなソリに乗って
雪原を駆けていた。
ソリの後部には、高速回転するタービンのようなものがついていて
それが風を生み、前方へとソリを押し出していく。
「お金……大切なお金が無くなった……」
ハーツはがっくりとその後尾に座り、うな垂れる。
前方に座るタナベは、手元の金属の塊を見ながら
「雪進船っていうんだね。
リュウ、ほら、大砂漠で襲撃された時に
虚無王たちが乗ってた船、やっぱりあれみたいだ」
ヤマモトは前方で立って、前を見ながら
ソリの板から突き出た船の操舵桿のような
円形の装置を片手で握って操縦してながら
「……ああ、クソみたいな思い出だが
あれのおかげで
これ買うっていう発想が出てきたからな」
グランディーヌは黙って
ソリの半ばほどに座り、布袋に詰められた荷物に
背をもたれさせている。
「うぅ……美味しいもの食べるお金がぁ……」
涙目のハーツはグランディーヌのところまで
這い寄っていって、ブツブツ言いだした。
グランディーヌは横目でそれを見ながら
「ハーツちゃん、諦めなよ。
お仕事するための必要な投資でしょ?」
「グランディーヌちゃーん……でもぉ……」
ハーツをヤマモトはチラリと振り返って見つめて
タナベに
「宿に置いてきた方が良かったんじゃないか?」
と尋ねた。
彼はボソリと
「いや、多分一人にさせない方がいいと思う。
ジンカン君が、見たんでしょ?」
「ああ、アキノリは、何か刺客だとか言ってたな」
「……僕は、ジンカン君はちょっと信用できない。
一見、良い奴だけど、リュウも心を許したら
ダメだよ」
「……お前は、それ、こっちくる前から言ってるけど
よくわかんねぇなぁ。
あいつ、ほんといい奴だけどな」
「……」
タナベはそれ以上、何も言わなかった。
同時刻、竜騎国。
首都城内。大会議室。
「ジンカンくーん!」
「おおお、ナベちゃん!わが友よ!」
狂喜したワタナベと、微笑んだジンカンがガッシリ握手する。
少し離れた場所で、
冷めた顔のスズナカとニヤニヤしているユウジが
立って、その様子を見つめている。
「ああ、これで、もう安心だ。
悪魔とか来て怖かったんだよ」
ワタナベは額の汗をぬぐった。
「……詳しく、現状報告をしてくれないか?
そのうち、ユタカさんも来るから
こっちの状況も、五人で整理したい」
「委員長は?」
「今は精神的なショックを癒している最中かな」
「そっか……やっぱりオースタニアに攻め込むの?」
ジンカンは苦笑いしながら
「いや、領地拡大はしばらく諦めた方がいいかな。
とにかく、話し合おう」
ジンカンは爽やかな笑みをスズナカに向けた。
スズナカは引きつりながら
顔を逸らす。