悲惨さの装飾
青い坂を延々と下っていると、また錆びた両開きの大きな扉が現れた。
ブラウニーはサンガルシアを黙って見つめる。
彼は前に進み出ると力を少し入れて押すように、扉を開いた。
「……」
その中には、漆黒の闇が広がっていた。
何も見えない。そして底の方から微かにうめき声のようなものが聞こえる。
「では、行こうか」
ブラウニーは爪先に光を灯した。サンガルシアも同じように灯して
「ターズ、人差し指出せ」
そう言って自らの指先から、俺の右手の人差し指に光を移してくる。
前方を照らすと、柵の無い石造り階段が円筒状の巨大な空間の壁から突き出るように延々と続いていて、壁に張り付いて周りながら下まで伸びているのが分かった。
「転落したら、一発で終わりだな」
と俺が言うとブラウニーはニヤリと笑い
「いや、落ちる予定だ。フロート!」
左腕を横に広げると、俺たち全員を薄っすらと青い光が包み込んだ。
サンガルシアは黙って助走をつけ一気に何もない宙へと飛び込んだ。
そしてゆっくりと下へと降下していく。
ブラウニーも静かに階段を無視して宙へと歩いて行きゆっくりと、まるで沼にでも沈み込むかの如く、真っ暗な下へと沈んでいく。
俺は心中で一度、深くため息を吐いてから、ブラウニーのように階段を無視して宙へと歩いていくと数センチずつ下へとゆっくり身体が沈んでいくのが分かる。
俺の少し下で動かないままでゆっくりと暗闇の中へと落下していくブラウニーが
「ここは、牢獄だ。階段に沿って歩いていると様々なトラブルに巻き込まれるようになっている」
俺は宙を沈みながら辺りを光る爪で照らすが
光量が足らず、さらに距離も遠いのでボンヤリとしか様子が分からない。
「壁の中に何かが塗り込まれているのか?」
「いや、違う。ランダムな間隔で壁の中に牢屋があり、その中に囚われた亡者やアンデッドたちが様々な呪文や、呪言、精神的な攻撃などで消耗させてくる造りになっている」
「それで、宙を沈んでいっているのか」
「そういうことだ。囚われた者たちは、哀れなことに仕掛けにしか過ぎない。それほど意味のない悪意の手先に成り下がった者たちだ」
「……囚われるだけのことはしたんだろう?」
「ああ、地上世界の歴代の大逆者たちの成れの果てだ」
「……」
暗闇にブラウニーと共に沈んでいっていると
微かに左の向こうの壁で、女の啜り泣く声がした。
「約百年前に帝国の万機を握っていたネーナ皇妃だ。美しい女だったが醜いアンデッドと成り果て、今は壁の中の牢獄で、恨み言を吐き続けている」
「……何をしたんだ?」
「……賢い人間だったが、類まれなるサディストだったのだよ。年端もいかぬ子供たちを裸で殺し合いさせるのが、気の触れた後の彼女の趣味だった。その被害者が四桁を越えたころ神罰により、ここに幽閉された」
「……お前がここに閉じ込めたのか?」
ブラウニーは暗闇の中で苦笑して
「まさか。私は神ではない。皇妃は、神の使いである大天使により幽閉されたのだ」
「天使か……悪魔も居るんだから、確かに居そうなもんだな」
自分でも意外なほど、あっさりと受け入れた。。
「……バランスを崩すものを、神は許さぬのだ。もし、彼女が帝国の支配者ではなく一介の狂った殺戮者であれば、法によって裁かれる機会もあったろうが、彼女は地上の絶対権力者で、神をも恐れぬ皇妃だった」
「よほど、皇帝が頼りなかったんだな」
「……ふふふ」
ブラウニーは意味ありげに笑うとそれ以降は沈黙が辺りを支配した。
その後、ゆっくりと闇の中を降下していく俺たちの周囲で次第に、うめき声や甲高い叫び声が増えていった。
牢獄の間隔が狭くなっているらしい。
彼らが腐った権力者の成れの果てや、才能と人格が吊り合わなかった武芸者であるとブラウニーは時折簡素に説明して俺が黙って聞いていると骨しかない足元が、固い床に着地する。
爪に火を灯したサンガルシアが向こうから走ってくると
「王様、やはり目的のものは最深部ですな」
真面目な口調で、辺りの暗闇を見回しているブラウニーに告げてくる。
「よろしい。では、行こうか。ターズ、まだまだ先は長い。今までの所は謂わば、この窯の悲惨さの装飾に過ぎない」
「……そうか。骨になって体が軽いからまだいくらでも行けるぞ」
「冗談言う余裕があるうちが華やな」
サンガルシアは呆れた口調でそう言いながら
奥の暗闇の中へと歩き出した。俺とブラウニーもそれに続く。
同時刻、北方の宿屋の一室
「で、ですねー。グランディーヌちゃんが、ケルベロスに襲われていた私を援けたというわけですよ!」
「あの時は危なかった。マヴルは性格悪いからけしかけてた」
「うぅ……マヴル様のことは思い出させないでぇ……超イケメンだったけどお……」
「あいつは、序列も千位代で大悪魔にしては、かなり低かったし嫌われ者だった。弱い雌の悪魔たちには見た目で人気だったけれど」
「でも好きだったんですよぉ……ケルベロスをけしかけられるまではぁ……」
二つ並んだベッドの上に座った、ハーツたち二人は隣で眠そうに胡坐をかいて座っているタナベに思い出話をしていて部屋の隅では、寝袋にくるまったヤマモトがスヤスヤと寝ている。
「あの……そろそろ寝ない?」
タナベが瞼をこすりながら尋ねると
「あっ……すいません。お先にどうぞ。我々は少し黙ります」
「うん。ごめんね」
タナベは横になり、布団を体にかけるとすぐに寝入ってしまった。
グランディーヌはそれを横目で見ながら小声で
「二人とも疲れて寝てるし、今なら逃げられるけれど?そのリストバンドも私なら簡単に壊せる」
「いや、いいよ。私、もう地上で生きていきたいし……」
「……じゃあ、私も一緒に居よう」
「ごめんね。みんなで、どこか楽しく過ごせるところを探そうね」
いきなり部屋の扉がノックされる。そして、明るい若い男の声が
「深夜にどうも、すいませんねぇ。ジンカンって言いますけどーそちらにリュウジ君とヒサミチ君はいらっしゃいますかー」
その声を聴いた瞬間に、ヤマモトがガバッと起き上がりそして、寝袋から抜け出て
「アキノリ!」
喜び勇んで扉の鍵を開ける。




