グランディーヌ
ハーツが大岩の陰から洞穴の中を見守っていると
ヤマモトがタナベを抱え上げて逃げてきた。
そしてハーツの方を見て
「やっ、やばい!!この中に居るやつはやばい!
出直しだ!」
と慌てて、そちらへと駆けてくる。
ハーツが呆然と、身体を隠すのも忘れて
洞穴の方を見つめていると
中から、真っ黒な巨大なタコの触手が絡まりあって
二メートル近い丸いボールのようになっている
悍ましい化け物が、ゴロゴロと回転しながら
出てきた。
「あっ……」
ハーツは何か気づいたように
フラフラと近寄って行って
ヤマモトたちの静止する手もすり抜けて
化け物に近寄っていく。
そして、自分へと触手を伸ばしてきた化け物に
「グランディーヌちゃん……」
とすぐ近くで唖然とした顔で言った。
同時にシュルシュルと触手が中心へと引っ込んでいって
ポンッと弾けると
そこには、ボロボロのキャミソールのような
ものだけを着た、裸足で銀髪を腰まで伸ばした少女が
ボーっとした顔で、ハーツをしばらく見つめて
ハッといきなり気づいた顔をすると
二人は抱き合った。
「こっ、こんなところでまた会えるなんて!」
「ハーツちゃんも、虚無界から逃げたの!?」
ハーツは残念そうな顔で
「ううん。任務の途中なの……」
いきなり身体を離して、キッとハーツを睨みつけた
グランディーヌと呼ばれた少女に
ハーツは慌てて
「でっ、でも、あなたの討伐任務じゃないよ!
虚無王様から刺客として
あの二人を殺すために送り込まれたんだけど
失敗して、あの、捕まっちゃって……えっと……
それから、楽しい旅をして……でもお金が無くなって
それで、ハンターの任務を……」
グランディーヌは顔をくしゃくしゃにして笑って
「変わってないね!」
とまたハーツに抱き着いた。
ヤマモトとタナベは
大岩の陰から唖然とした顔をして二人を眺めている。
「お、おいヒサミチ……グランディーヌって……」
「検索してみる……グランディーヌ、触手の化け物で……」
タナベは金属の塊を素早く指で何度も押してから
「……ムキピディアに項目があった……えっと……」
と言いながら驚愕した顔をする。
「読んでみてもらっていいか?」
「……う、うん。虚無王ブランアウニスが
自らの魔力を長年注ぎ込んで、作成した
魔法生物……現在は、大悪魔数体の追跡を振り切って
虚無界から失踪中……あと、要出典のところに……」
「うー続き聞きたくねぇけど、でも読んでくれ。頼む」
ヤマモトが渋い顔でそう言うと
タナベは頷いて
「……"意識はあるが、無生物なので、
呪力を帯びた武器に近く
狭間の境界線での身体の入れ替えが必要ないと思われる"って……」
「……もしかして逆さの楽土から、そのまま出てきちゃったって
感じのアレか?ハーツと同じく?」
「その様だ……狭間の境界もリンクを辿ったら
地上世界と、逆さの楽土一層との間の亜空間で
現在……悪魔と鬼等の軍勢が待機中。
その数は数十万は下らないって……」
「……ヒサミチ、そこで止めとけ。
まずは、目の前の無生物に対処しよう」
ヤマモトは大きく息を吐くと、シルバーソングを背中の鞘に納め
そして、両手を拡げながら
はしゃいでいる二人に近づく。
サッとこちらへと身構えたグランディーヌの前に
ハーツが立ちふさがり
「ダメです!!戦ったらダメです!
この子、虚無界に居た時に、私の数少ない友達だった子で!!
いい子なんです!保証します!」
ヤマモトは笑いながら
「いや、それは見てたら分かった。
俺たちにかかってきたのも、自分の身を守るためだろ?」
グランディーヌはハーツの肩から顔を出して
コクリと頷いた。
「お前は自分の身を守りたい、俺たちは金が欲しい。
なあ、こうしねぇか?」
ヤマモトはニヤニヤしながら、二人に声をかける。
一時間後。
すっかりとあたりが暗くなったころ。
タナベとヤマモトは
狩猟ギルドのカウンターにポンッと
黒く太いタコの触手のような足を
三本ほど置いた。
受付の中年女性はニヤリと笑って
ドサッと大きな音を立て
金貨や銀貨、銅貨が山ほど詰まった大きめの布袋を置いた。
そしてわざとらしく愛想のない声で
「さすが、私が見込んだレアクラスのハンターたちだ。
さあ、行った行った!」
手を払って、さっさと行けと
布袋を受け取ったヤマモトたちを追い払う。
二人は顔を見合わせて、軽く女性に会釈すると
足早に狩猟ギルドを出ていった。
外には、ハーツとその隣に子供用のコートのフードで
顔を隠したグランディーヌが立っていた。
ヤマモトが苦笑いしながら
「たぶん、受付のおばさんには
バレてたわ、グランディーヌの要らない足を
差し出したこと」
タナベも頷いて
「ただ、僕たちが問題自体をちゃんと解決したのも
理解してくれてたと思う。
あの人、相当に鋭いよ」
「だよな。俺もそれは思った」
ハーツは二人の話よりも
ヤマモトの背負う布袋が気になるようで
「あっ、あの……今夜は、たくさん食べましょう!
明日も!グランディーヌちゃんと!」
ヤマモトが仕方なさそうな顔で
「二人とも、大人しくしとけよ。
悪さしなかったら、面倒くらいはみてやるから」
グランディーヌは黙ってコクリと頷いた。