堕天使の窯へ
馬車は途中から漆黒の全身鎧を着た騎兵たちに囲われ、そのまま速度を落とし帝都のメインストリートを進んでいく。
窓の外では人波が割れるように避けていくのが見える。
頭巾を被ったブラウニーは
「……帝国近衛兵の方々に、お二人の護送を頼みました」
皇弟が震えながら
「まっ、まさか、近衛兵たちも……」
「いえ、ドゥミネーが特に好むのは自尊心と社会的地位の高い驕慢な人間です。末端の彼らには、弟の操った高官から指示をひとつ出せば良いだけですので、どうぞ、ご安心ください」
ブラウニーの恐ろしい言葉を聞いた太った老人は涎を垂らして気絶してしまった。老婆の方は、震えながらも平静を装っている。
そのままメインストリートを抜けると漆黒の高い城壁に囲まれた堅固な宮殿の深い堀にかかった跳ね橋を馬車は渡りだした。
どうやら帝都内の政治を司る宮殿へと入って行っているらしい。
城中に、また大きな城がある感じだ。
もし他の帝国全土を手中に収めても残ったこの帝都を完全に攻め落とすのには、何年かかるのだろうか、などと、俺はずっと馬車の中で窓の外を見ながら考えていた。
橋を渡り城扉が開かれた中へと馬車は重装騎兵たちに守られて進んでいく。
さらに、騎兵たちの数が減り宮殿内へと入っても、まだ馬車から降りずに美しく装飾された広い回廊の中を進んでいけることに俺が驚愕していると、ブラウニーが穏やかな声で
「マグリア皇族の生活と言うのはこういうものだ。庶民とは一切接触せず、宮中でさえ自らの足で歩く必要がない。同じ肉と骨の塊なのに、違うと勘違いするのも分かるだろう?」
「……そうだな。庶民の中で学ぶ者も居るオースタニアの王族とはまったく違うな……」
ここまで生活空間がはっきり違うと、自らのことを神か何かと勘違いする者が皇族内に居てもおかしくはない。
目の前に座る太后も、皇弟に続いて白眼を剥き失神しかけている。
……こんな暮らしならは、あの程度になるはずだ。
二人とも神経が細かすぎるし頭も大して良くなさそうだ。
さらに宮殿の奥深くへと進むと馬車はピタリと停止した。
ブラウニーは気絶している二人を数秒見つめ
「……我が糸により、傀儡に成り果てよ……スパイダート……」
残っている左手を一人一人に少し間をあけて翳した。
二人は即座に白眼を剥いたまま、ヨロヨロと自ら馬車の扉を開けて出ていった。
ブラウニーは
「一時的に、身体を操らせてもらった。堕天使の窯へと向かうにはあの二人の、声紋と指紋が必要なのでね」
「そうか。今はお前についていくだけだ」
「そうしてくれると助かる」
ブラウニーは余裕のある動作でゆっくりと、外へと出ていく。
俺も当然その後ろを続く。馬車外には、漆黒の空間が広がっていた。
遠くまで、天井にはめ込まれた不思議な明かりが照らしている。
「あれは、電灯だ。機械の力で発電し光らせている。ビル内にも多数あったのだが、昼間で目立たなかったようだね」
「そうか。また古代の技術だな」
ビルやエレベーターといい、帝都内にはそのようなものが多いようだ。
「では、行こうか。ああ、君たちはここまででいい。お二人は、御無事にお返しする」
ブラウニーはついてこようとしていた帝国近衛兵たちを左手を伸ばし制すると操られてフラフラ歩く老人二人を先頭にブラウニー、俺、そして御者席から降りたサンガルシアの三人で奥まで延々と続くような電灯に照らされたゆるい下り坂を降りていく。
十数分ほど下へ向けて進み続けると巨大な錆びた金属の扉が見えてくる。
二十メートルは高さがありそうなその扉右下には人が入るため用意されたような二メートルほどのまるで鮮血で染めたようなサブの扉がついていて、その前でマグリア皇族の老人達は立ち止まると二つ並んだ手のひらほどの大きさの出っ張った部分に同時に拡げた右掌をつけて
「我、通ることを欲す。ファルナバル様の御心の御加護を」
と完璧に揃った声で、扉へと告げた。
金属が軋む音を立てながら、赤黒い扉が開いていく。
老人たちは回れ右すると並んで、来た道を帰っていった。ブラウニーはチラッとそちらを振り返りながら
「騎兵たちの場所にたどり着くころには解呪されるだろう」
と言いつつ、真面目な顔のサンガルシアを見上げる。
「では、目的のものを手に入れに行こうか。いよいよ堕天使の窯だ」
「そうですな」
ブラウニー、サンガルシアは開いた扉をくぐり、俺も進む。




