リビラスト
小城のような聳え立つ屋敷へと入ると
玄関ホールの左右にズラッと、帝国軍の制服を着た士官たちが
虚ろな顔で並んでいるのが見える。
ブラウニーはチラッとそれを見つめると
「ふむ。帝国軍の大将から中佐まで
スズナカに操られていた者たちだな。
脳を入れ替えたか、そうか」
とだけ言って、玄関ホールから二階へと続く階段へと上がる。
サンガルシアは苦笑いして、小声で
俺やジェシカたちに
「ええか、弟君を言葉に出して心から褒めたらダメや。
そこらに並んどるやつのように、取り込まれるからな。
何を言われても心を消して、表面的な儀礼に徹せえよ」
俺たちは軽く頷いた。
何かそういう力があるというのは
今までの話しからわかる。
背後から、ドゥミネーは穏やかな笑みを湛えながら
俺たちについてくる。
二階の応接間の扉をブラウニーは自ら開けて
そして、テーブルの上に並んでいる
二つの生気のなく髪の毛がバラバラになった老婆と老人を見つめた。
「スメリー太后と、マバウラン皇弟か。
お前にしては、多少は頭を効かせたな」
俺たちに続いて
ゆっくりと入ってきたドゥミネーの全身から
霧のような闇があふれ出していき
ゆっくりとブラウニーに向かいだした。
ブラウニーはそれを気にする様子もなく
テーブルを挟んで置かれている長いソファの片方に座ると
「だが、やはり知恵が足らぬな。
この二人は、スズナカの洗脳が最も濃かった者たちだ。
私の言うとおりに、放置していれば
今後、使いようは如何様にでもあった」
蔑んだ目つきで、ドゥミネーを見つめた。
その瞬間に、彼の中へと霧のような闇は収束していき
そしてドゥミネーは微笑みを絶やすことなく
静かに頭を下げ、退出していった。
ブラウニーは、サンガルシアに
応接間の扉に立つように言って
俺たちを血の気の無い生首の乗ったテーブルを挟んだ
向かいのソファに座らせると
「あやつは、暗闇そのものだ。
そして、私のことが好きでたまらないのだよ。
だが、私はあやつが大嫌いだ。
暗闇は包み隠す対象を選ばぬ、光の無いところ
やたらと伸びていき、自堕落に自らの領域としてしまう」
三人で黙って聞いていると
生首の老婆が、口を開いて
「おっ、お助けおぉぉお……」
もう片方の老人も
「お慈悲おぉおお……」
といきなり喋りだした。
ブラウニーは口を邪悪に歪ませると、いきなり立ち上がり
そして、
「大気を駆け巡る精霊の聖名において命ずる。
我が、霊的理力の半分を使い
この者らに、身体を取り戻させたまえ
全知全能の女神、ファルナバルよ。
我の願いを聞き届けたまえ……」
と呪文を早口で唱えると
「リビラスト……」
それぞれの開いた掌を、二つの生首に掲げた。
老婆と老人の生首は
緑色に発光しだして、次の瞬間には
でっぷりと太った全裸の老人と
枯れ木のように痩せた全裸の老婆がテーブルの上に
呆然とした顔で座り込んでいた。
扉が開くと、ドゥミネーが二人分の折り畳んだ
ローブを恭しく持って、中へと入ってくる。
サンガルシアがそれを受け取り
素早く、老人と老婆の身体へと着せた。
二人は応接間の床にしゃがみ込んで
呆けた表情で、俺たちを見回している。
ドゥミネーが微笑みながら
「兄さんの最上級回復魔法で、修復させた方が
色々と早いと思ってねぇ……首だけ保存して
こちらへと持ってきた」
にこやかに微笑みながらブラウニーに近寄ってきた。
彼はサンガルシアに目で合図する。
サンガルシアは、すぐに兄弟の間に立って
「暗黒王様、申し訳ありませんねぇ……。
主君の御命令なので、御退出頂いてよろしいですか?」
無表情で、ドゥミネーの身体に手をまわし
クルッと背後を向かせた。
「いや、待て。
ドゥミネーよ。褒美を取らす」
ブラウニーは次の瞬間には、自分の右腕を
左手でもぎ取って、宙へと放っていた。
ドゥミネーの身体が瞬時に伸びた霧状の闇が
瞬く間に、ブラウニーの右腕を包み込んで
そして消した。
そしてドゥミネーの身体の中へと引っ込んでいく。
彼はサンガルシアに押し出されるように
応接間の外へと出ていって
サンガルシアは汗だくの両手で扉を閉めた。
俺たち三人は、とくに何の衝撃も受けていないが
老人と老婆一連の光景を見て、抱き合って震えている。
サンガルシアは大きくため息を吐いた後
ドゥミネーに触れた両手を
ブラウニーに開いて見せる。
「ダークマターは取り憑いていない」
「そっすか。王様の右腕が効きましたなぁ。
怖い怖い」
ブラウニーは継ぎはぎの顔で微笑みながら俺を見て
「ターズ、頭巾を取り給え。お二人に紹介したい」
と言ってくる。
俺が頭巾を取って、真っ黒な骸骨の顔をむき出しにすると
老人と老婆は小さく悲鳴を上げる。
ブラウニーはソファに座ると、ゆとりのある声で
「太后妃と、皇弟殿下、お初にお目にかかります。
ご存じか心配ですが、虚無王ブランアウニスと申します。
先ほどのあれは、暗黒王ドゥミネー。
そして、そこに控える大男が神話の大悪魔サンガルシアです。
さらに、そこに座る三名は私の客人です」
サンガルシアや俺たちに視線を飛ばして
床で抱き合って震えている老婆たちに
紹介する。
「信じろという方が、無理だとは思いますが
我々は世界の調和を取り戻すべく派遣された
女神ファルナバル様の使者なのです。
すでに、帝都のスズナカの洗脳は解きました。
よろしければ、お二人にはこれから我々を
堕天使の窯へと、ご案内頂きたい」
老婆が冷や汗を垂らしながら
「なっ、なぜ、何ゆえに
大悪魔が、窯へと……?」
ブラウニーは微笑みながら
「……お二人はここ、しばらく洗脳されていたので
ご存じないかと思いますが
皇子のお一人が、その最下層に封印されておるのですよ」
二人は黙って目を合わせると
ずっと震えていただけの太った老人が
「わ、分かった……ただ、約束してくれ
すべて終わったら、帝都を人の手に返すと……」
ブラウニーはニヤリと笑って
「皇弟様、もちろん、そのつもりですが
色々と入り組んでおりまして
その前に、大掃除が必要です。
窯への侵入はその一歩です。
我々が窯に入っている間は、ドゥミネーが帝都を管理しますが……」
途中まで言ってサンガルシアに視線を移す
「ああ、そうですなー。
ドゥミネー様に心を許したらいけませんよ。
乗っ取られますからね。あのお方は心がお優しいので
あらゆる善意をお二人に無償で尽くしてくれると思いますが
決して、心から褒めないでくださいねぇ。
心の底で常に"この邪悪な魔物が!"と深く見下しておくべきですなー」
ブラウニーは微笑んで
「ドゥミネーには私からもきつく言っておきますが
お二人はそれだけを心して、窯を開けた後は
お過ごしください。諸事はドゥミネーがやってくれますが
下男の如く扱われるのが宜しいかと存じます」
老婆と老人は怯えた目で頷いた。