ドゥミネー
エレベーターで降り、ビルから出ると、外で待っていた一般人と見分けがつかない服装の
ジェシカとゴーマたちがさり気なく合流してきた。
荷車を預り所から受け取った俺たちは帝都の人波を進むサンガルシアの引く荷車の中で会話し始める。
俺も乗れと言われたので乗っている。
サンガルシアによると、骨しかないので
もはや荷車の重量的な負担にはならないそうだ。
ブラウニーは近くに座るジェシカに
「首尾の方はどうかね」
「首は既に送り届け、帝国各地からゴーンスバイクの領地へと四方から軍勢が押し寄せています」
ジェシカはそこまで言ってゴーマをチラッと見る。彼は頷いて
「ドゥミネーさんと合流しました。彼によると帝都の九割の操られた高級士官と貴族は脳を抜き取り、入れ替え、彼の支配下だそうです」
「ふむ。サンガルシア、予定通り"見本"の確認に連れて行ってもらいたい。ドゥミネーの機嫌は良いか?」
「とても、機嫌がよいです」
ブラウニーは頭巾から見えている両目を細めて笑うと
「それは良かった。帝都は"弟"の好みに合うと以前から思っていたのだ」
サンガルシアが荷車を引きながら
「お前ら、どうせ興味ないと思うけど、説明したるわ。ドゥミネー王は、ブランアウニス王の弟君で虚無界の一つ上にある暗黒界の支配者様や」
ブラウニー以外の俺たち三人は適当に頷く。
どうでもいい。仕事に必要な以上の情報は要らない。
裏切らない強力な味方なら誰だっていい。
俺はサンガルシアの機嫌のために一応、尋ねようと
「スズナカに操られた上級帝国民はみんな殺したのか?」
ブラウニーは頷いて
「予め、そう言っていただろう?予定通りだ。腐敗と嫉妬に狂った上、自意識すら失った灰色の脳みそは弟もさぞ旨かっただろうな」
「お前の弟は、脳を吸うのか?」
「ああ、彼はそういう大悪魔だ。汚れた意識が好物で吸い付くした故、彼の領界である暗黒界には彼以外には漆黒しかない」
サンガルシアが振り向かずに
「ドゥミネー暗黒王が大概の生物、無生物を
意識も姿も吸い尽くして、暗闇の中に同化させてしまうんや。だから弟君と漆黒しか暗黒界には残らん。つまり、上から降りてきて、暗黒界より下に来る亡者や悪魔は弟君と同化しなかった、尖った意識の持ち主ってことやな」
「そうか。まあ、いい」
「だろうね。君たちには関係のないことだ。ああ、そうだ、ジェシカさんたち、我々へのかわいらしい追跡者が居る……」
ブラウニーは追跡者の少女について二人に説明し始める。
二十分も荷車に揺られているとサンガルシアは大通りから外れ、やたら荘厳な街頭が左右に飾り付けられている比較的広い脇道へと入っていく。
通行人の数はそれほど多くないが皆、身なりがよさそうだ。
時折、華美な装飾をされた馬車が道のど真ん中を通り過ぎていく。
左右に立ち並ぶレンガ造りの家々は貴族たちの屋敷ほどではないが、明らかに大きく、そして三階建てなどで背が高い。全て凝った装飾のされた戸建てだ。
「帝都の高級住宅街へと進んでいる。まだ、序の口だ」
ブラウニーは頭巾の口元を取り払って笑う。
さらに進むと周囲に広い敷地を持つ三階や四階建ての屋敷が建ち並び、それら全てがオースタニアの都市部に住んでいる王族たちの
住まいよりも大きく、俺は眩暈がし始める。
なんという国力、なんという豊かさ。
間違いなく、左右に並ぶ屋敷はこのマグリア皇族のものではない。屋敷に紋章も掲げられていないし警備兵も立っていない。
ただの帝国貴族だ。上級にすら属していないのかもしれない。
それでもこの大きさか
「スベン将軍の偉大さが分かっただろう?彼はたった数千の兵で、長年この国力を持つ帝国を防ぎ切ったわけだ。この大陸でも歴史上有数の名将だろうね」
「確かにな……骨の身でおかしいんだが、今さら悪寒がしてきた」
「君たちオースタニア王国が存在していたのは歴史上の奇跡に等しい。そして、その儚い奇跡は転移者の出現という大波に流されたのだ」
「やはり、許せんな。全員、絶対に殺す」
ブラウニーは音もなく笑いながら口元を覆った。
さらに奥には小城のような小高い屋敷が立ち並んでいて屈強な鎧を着て槍を持った警備兵たちが漏れなく二人ずつ立っていた。
皇族や重要な一族たちの屋敷並びに入ったらしい。
その一つの前でサンガルシアは荷車を停める。そして、警備兵たちに
「お役目、ご苦労様です」
と奴隷の格好のまま、ニヤニヤと声をかける。
彼らは俺たちを見ると、静かに門を開いた。
どういうことなんだ?操られているのか?
と不思議に思うが、俺は平然を装う。
サンガルシアは口笛を吹きながら、荷車を小城のような聳え立つ屋敷が奥に見える、広い庭園の中を進ませていく。
庭師やメイドたちが、庭園内を忙しなく整備しているが、こちらには目もくれない。
ジェシカとゴーマはスッと荷車から降りると屋敷の扉へと先に駆けていった。
俺たちも屋敷の扉近くへと到達すると中から、整えられた白髪を真ん中分けした中年紳士が微笑みを絶やさず、こちらへと一人で出てきた。
高そうなセーターとズボンを上品に着こなしている。そして、荷車から降りた俺たちからブラウニーを見つけると
「やあやあ、兄さん、乗っ取りは完了したよ」
落ち着いた低い声で握手しようと右腕を出してきた。
顔を出したブラウニーはピクリとも顔の筋肉を動かさず、その腕をパァンと叩いてから
「よくやった」
と冷たく呟くと、彼の顔を見ずに屋敷の中へと入っていった。
紳士はまったく気分を害した様子がないままに
「どうぞどうぞ。我が屋敷にようこそ」
俺たちを屋敷の中へと招き入れる。




