予定外の追跡者
帝都の大通りを進み続けた俺たちは、荷車を広大な敷地を持つ預かり所へと預けると、漆黒の高層建築物の一つへと入っていく。
中へ入ると、吹き抜けのホールが広がっていて制服を着た男女が居並ぶ、広い受付カウンターがあり奥では人々が、扉が開閉する鉄格子のようなものの中へと自ら入っていき、そして、何かの力で上へと運ばれて行く。
俺がその様子を見つめていると、継ぎはぎの顔を隠すように頭巾を被ったブラウニーが
「機械だ。君に分かりやすく説明すると金属の構造で動く自動装置だ。旧文明の名残だな。帝都はかつて、人類最後の都だった」
腕を組んだサンガルシアが長身で俺を見下げながら
「この建物、ビルっていうんや。漆黒なのはネーバルトーンという特殊な合成素材を使っとるからや。城壁もな」
ブラウニーは辺りを見回しながら頷いて
「この都市の異常な強度は相当な年月を生き延びたのだよ。そして、この都市に守られながら環境の激変をなんとか耐え抜いた七つの支族がここから世界へと散っていった」
「そうだったのか……」
知らなかった。いや、今まで興味が無かったという方が正しい。
鍛冶について、生業についてだけ考えていれば、あの頃の俺は満たされていた。
「じゃあ、エレベーターに乗りましょか。ターズ、あれは、移動式の牢屋じゃないんやで?上階へと機械の力を使って上がるためのもんや」
サンガルシアがチラッとこのビルの入口を振り返り、フラウニーと俺の背中を押してエレベーターへと急かしだした。
エレベーターに他の人々と乗り込むと
「十二階や。頼むで」
格子で上下左右囲まれたエレベーターの端に繋がるボタンの前に立つ乗務員のような女性にサンガルシアは告げ、さらに端で格子に寄り掛かった彼は小声で
「王様、あいつ付いて来よったわ」
頭巾をしているブラウニーは頷くと
「殺気が凄かったね。我々の脅威を優先して職務放棄したようだ。ちょっと相手してあげようか」
「ターズにやらせましょうよ。実力的には、どうにかなるでしょ」
「……俺か?いいが、死んだら蘇らせろよ」
ブラウニーは頭巾の中で明らかに声を消して笑いながら俺に頷いた。
「チーンッ」という金属が鳴るような音と共にエレベーターの扉が開き
「十二階でございます」
乗務員が外側を向いて告げ、俺たちは出る。
カーペットが敷かれた漆黒の壁に囲まれた廊下が左右に広がっている。
壁に触ってみる。固いのにどことなく柔らかい不思議な感触だな。
これがネーバルトーンか……。
「武器にすると、面白いかもな」
俺がそう呟くと
「……今は、あのメスガキとの戦いだけに集中しろや。予定外の追跡者や」
サンガルシアから腕を引きずられるように
向かって左側の廊下に連れていかれる。
そして、鍵のかかっていない扉をサンガルシアは開けるとその中には、むき出しの漆黒の壁や床、高い天井の部屋が広がっていた。
縦横幅が数十メートル近くありそうだ。
天井までは四メートルあるかないかくらいだろう。
外側の分厚そうな広い一枚窓からは帝都の景色が見えるが十二階にも関わらず、辺りのビルはもっと遥かに高い。
もはや途方も無さに呆れて、窓辺でその異様な景色を眺めていると
「事務所にするつもりやったんやけど王様、窓側は補強しときましょうか?」
「いや、私がやろう。十分後には、彼女がこの部屋に到達する」
ブラウニーは窓際に近づいて両手を翳すと、窓全体を緑の薄いバリアで覆う。
十分後
隅で壁を背にして雑談しているサンガルシアとブラウニー、そして部屋のど真ん中に一分前から素手で待機させられている俺という配置で待っていると、扉が音もなく開き、まるで影のような動きで、大きな青い両目が涙目の少女が入ってきた。
金色の鎧はもう着ていない。
恐らく、鎧の中に着ていたであろう黒い全身タイツのような服の上に白い布の服を纏った少女は、金髪のおかっぱ頭を揺らしながら俺たちを見回しブルッと小刻みに震えた後
「あっ、あっあっ……あなたたち!高位悪魔ね!そっちのおじさんはアンデッド!ビラティ・ドハーティー卿の代理執行者として帝国の平穏のため、成敗します!」
次の瞬間には俺に向け突進してきた少女は、か細い見た目の右手に信じられないような力を込め、俺の構えた両手のガード上からパンチをぶち込んできた。




