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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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待ちぼうけの罠

俺たち一行は、薄暗い早朝に皆と共に帝都へと続く街道を出発した。

こんな時間から人けの多い広い道を歩き続けていると次第に早朝の薄明かりが射し始め、帝都の全貌が見え始めた。

漆黒に染まった東西へと視界の端までも続く聳え立つ城壁、それらの奥に延々と続いている見たこともない漆黒の高層建築群を眺め

自分が……いや我々の国が戦っていた相手のあまりの強大さに一瞬、立ち眩みがした。

荷車を引くサンガルシアはそんな俺の様子を楽しげに眺め

「どや、一生鍛冶屋で終わっとったら、見られん光景やったやろ」

「ああ、その通りだな……」

荷車の上からブラウニーが朝早くから行きかう街道の人々を眺めながら

「あれらは人が造ったものだ。気楽に眺めたまえ。君は人ではないのだから」

サンガルシアが笑いながら

「アンデッドやからな!まあ、ゴーンスパイクの城で分かったやろ?堅固な城壁なんかいくら造っても、人は俺ら悪魔には勝てん。俺らから見れば、帝都も殆どハリボテに過ぎん」

「そうだろうな……」

しかし、いくらアンデッドになったと言ってもまだ人である記憶が大半の俺には、どうしても前方に聳え立つ、オースタニアが数百年経っても造れそうもないような漆黒の都に慄いてしまう。


帝都周辺を巡る深い堀にかかった、人が数千人同時に乗れそうな金属製跳ね橋を、人波に紛れ渡っていき、幅数百メートル高さ数十メートルある異様に広い城門を潜る。

城門は当然のごとく開きっぱなしだが十数メートル間隔で、屈強な金色の鎧兜を着た兵士たちが帯剣して三人組で隊列を組み、行きかう人々を漏らさずに監視していた。

サンガルシアがそれを眺めて

「節穴やな。見た目だけや。スズナカが篭絡した帝国の末端に、本物の脅威を見破れる人間はほぼおらん」

「"賢人"ドハーティー卿は、隠遁しているしヴィーナ大佐と帝国軍精鋭は国境へと出払っている。体格の良い新兵を選んでいるだけだね」

ブラウニーは荷車の上で楽しげに笑いながら

兵士たちの顔を見回し少し、苦笑いすると

「……深く眠れ……スムリープ……」

と言いながら、十数メートル右斜め前から俺たちを恐怖の眼差しで眺めてきている少し小柄な十代らしき女性兵士を指し示した。

その兵士は、真っ青な顔をしながら何かを唱えてこちらを涙目で睨みつけてくる。サンガルシアが

「ああ、ドハーティー卿の差し金ですなぁ。自分の弟子を混ぜていたか。王様の呪文をはじくとは、なかなか筋の良い、解呪やなあ……殺しときます?」

ブラウニーは微笑みながら

「放っておいて良い。彼女の今後の働きに期待しよう」

「まあ、そうですな。戦後処理に優秀な人材は必要ですわな。でも、二、三日寝かせときますわー」

と言いながら、女性兵士の方をバッと向き、一瞬、凄まじい殺気を向けた。

近くを通る人たちや、その兵士の周囲の二人の衛兵が泡を吹き、白目をむきながらバタバタと倒れていく。

だが、若い女性兵士は唖然としているだけで何のダメージも受けていない。

「あー失敗しましたわ。ちょっと速度上げますねー」

サンガルシアは前方の人波に見事に荷車を操作して潜り込んだ。


帝都内の無数の人々の行きかう大通りを進むほどその左右に聳え立つ、どれほど高さがあるか分からない漆黒の高層建築物からの圧迫感で俺は負けたような気になっていく。

憂鬱さを振り払うため

「気絶させただけなのか?」

俺がサンガルシアに先ほどのことを尋ねると

「そうやで。誰も死んどらん。でもなぁ、あのメスガキ、ブラウニー様の魔法にも立っとったやろ?あれは相当な珠や。王様の許可あれば、今すぐに殺して悪魔に転生させて、俺の配下に加えたい」

ブラウニーは荷車の上から苦笑いしながら

「……ダメだ。人狩りに来ているわけではないし逆さの楽土には、悪魔も鬼も亡者も唸るほど溢れている。その中から、選びなさい」

「いやーでも王様、あのメスガキ、人にしとくには、もったいないですわ」

ブラウニーは少し黙った後

「そうか、ターズを見ていて羨ましくなったのか?」

サンガルシアは、後ろ頭をかきながら照れくさそうに

「あーいやーそういうわけではないんですけど。虚無界の軍勢にも、フレッシュな若手がそろそろ欲しい頃やなと……」

「俺の何が羨ましいんだ?我が国を一度滅ぼしたクソガキたちを殺したいだけだぞ」

サンガルシアは微妙な表情で

「……直弟子がなぁ。おらんのよ。眼をかけていたアルバトロスは勝手に育っていったし、ブラウニー様にはぎょうさん弟子居るのに俺にはおらん」

「俺はブラウニーの弟子じゃない。ただの復讐者だ」

サンガルシアはイラついた顔で

「もうこの話は終わりや!!お前も俺の後輩ならちったあ、気使えや!空気読め阿呆が!」

八つ当たりされたような気がして荷車の上を見上げると、ブラウニーは苦笑いしている。




「ックション!」

金髪を七三分けにした痩せたスーツの男はくしゃみをして骨だけの漆黒の翼で灰色の荒野を飛びながら

「サンガルシア様ですかねぇ……あの方は粗野でどうも、苦手です」

などとブツブツ呟きながら、さらに速度を上げて、大きな遊牧民が使うようなポツンと建っているテントの入り口の前に音もなく着地した。

「あーすいませーん、アルバトロスです。エンヴィーヌ嫉妬王様、ジョイメント享楽王様入ってもよろしいですかー?」

とぼけた口調で、アルバトロスと名乗った男はまったく中から言葉が返ってこないので

「申し訳ありませーん。調停者代理人として、勝手に入らせていただきます」

テントの中へと入る。

中では、真っ赤な下地に金や銀の派手で美しい刺繍が全体に施されたスリットドレスから出た綺麗な足を組みながら、燃えるような真紅の長髪を苛立った顔でかきあげている美しい女性と、黒縁眼鏡をかけ半端に沿った青髭とボサボサの髪、そしてよれたシャツ姿のボーっとした中年男が、チェスや将棋のような駒を使ったゲーム盤を置いたテーブルを挟み黙って対峙していた。男がパチリと盤上に駒を動かすと

「んぐぐぐ……ジョイ!!ちょっと待て!お前には情と言うものは無いのかい!!」

美しい女は、金切り声を上げて立ち上がり、男を睨みつける。

「情なんて、今どき天使も持ってねぇよ。ましてや大悪魔だろ、我々は」

やる気なさそうに男も立ち上がる。

そして、ボーっとアルバトロスを見ると

「ああ、今、エンちゃんのお気に入りを一匹をうちのパーティーの台座で裸で踊らせる権利を手に入れたところだ」

アルバトロスは眉をひそめつつ頷いて

「……あの、盟約に背いてご乱心した被虐王様が先ほどお亡くなりになりました。大天使ケルリオスの執行です」

静かに二人に告げる。

ジョイと呼ばれた男は、恐ろし気な眼差しで自らを睨みつけている女に向けふざけた様子で振り向くと

「なあ?俺と遊んでて良かったろ?ブランアウニスの狙いは最初からお前だっつったろ」

「それとこれとは話が別だろうがっ!!」

アルバトロスが申し訳なさそうな顔をしながら

「あのー虚無王様は、わたくし直属の上司でして……あの……そういう密談は別の場所で……」

ジョイは顎を触りながら

「お前も、うちの享楽界軍団の陣地内スペシャルパーティーに来るか?今回は楽しいぞ?エンちゃんスペシャルゲストで、エンちゃんの目をかけている部下をその目の前で裸で踊らせる。地上時間で半日くらいな」

「いや、あの……」

「くっ、くううううううぅー!!」

女はハンカチを悔し気に噛むと出ていこうとして、男に腕を瞬時に取られた。

「まだ終わってない。次はエンちゃんの賢くて有能な娘とうちの超バカ息子の婚約をかけて勝負する約束だろ?」

ボーっとしている男が異様に迫力のある声でそう言うと女は一瞬、真紅の炎を全身に纏い、自分の腕を握った男の手を腕ごと消し炭にするとスッと落ち着いた顔をして

「……今度は負けんわ。アルバトロス、そなた、わらわに指南せんか」

「えっ……」

男は消し炭になって消えた腕を瞬時に元の形に修復するとダルそうな顔で、新たな手を握ったり開いたりして、動きを確かめつつ

「まあ、そうだな。俺たち各層の王をクソみたいな待ちぼうけの罠にはめたお前のクソ上司への責任を取ってもらおうか」

「え……いや、でもいいんですか?」

アルバトロスが恐縮した顔で二人を見つめると

「真剣にやらんと殺すぞ」

「手抜いたら殺す。ちゃんとエンちゃんを手伝え」

二人から同時に殺気を帯びた視線を向けられ

「はい……」

アルバトロスは女の背後に

恐る恐る椅子を引っ張ってきて座った。

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