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ニンゲンスレイヤー  作者: 弐屋 中二


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狭間の境界線上

「ふー温泉っていいものですね」

高い岩山で、猿や野犬など他の動物たちと共に自然の岩場にできた広い露天風呂に、ハーツ、そして少し離れてヤマモトさらにまだ痣や傷跡が完全には癒えていないタナベが浸かっている。

ハーツの手首には逃走防止用のリストバンドだけが巻かれている。

「……離れろよ」

少しずつ二人と距離を詰めてこようとするハーツをタナベから遮るようにヤマモトは大柄な身体で壁になった。

「えっ……あの、混浴ですよ?動物さんたちも、よくみるとオスとメスが混ざってます。男女を越えた裸の付き合いなのでは?」

曇りのない瞳で言ってきた悪魔に、ヤマモトは顔をしかめると

「……いや、そういうことじゃなくてヒサミチが恥ずかしがってる。落ち着かせねぇと、傷が癒えねぇだろ。もうちょい、離れろ」

「えっ……まさか、タナベさんって童て……」

ヤマモトに本気で睨まれてハーツは慌てて口を閉じた。

タナベは顔を真っ赤にして、そっぽを向く。

「……お前が人間なら、親友の今後のためにもお前を応援したが悪魔のお前を、ヒサミチに近づけさせるわけにはいかんなぁ」

「ちょっと、リュウ……僕の傷をどんどん広げないでよ……」

たまらずに言ってきたタナベにヤマモトは苦笑いしながら

「あ、すまん。でもお前も悪いんだぞ。中学から何度もチャンスあったのに、いつも女子を避けてただろ」

「いや、ほら……僕なんかよりもっといいやつは沢山いるし……」

「その、僕なんかっていう考えは良くないぞ。男と女なんて大したことないんだよ。緊張したり、新鮮味があるのなんて最初の数回だけだ。あとはスポーツみたいなもんだって。あ、でも避妊は大事だぞ?」

「お、おおお……なんか、大人びて見えますぅ……」

両眼を輝かせヤマモトを見てくるハーツを

ヤマモトは見ないようにして、タナベに顔を向けると

「りゅ、リュウはモテるから……」

俯いてそう言ってきた。ハーツが驚いた顔で

「モテるんですか!?」

ヤマモトは嫌そうな顔でハーツを見た後に

「まあ、そりゃこっち来てからも二人くらいと付き合ったけど、長続きはしないんだよな」

「いいなぁ……私なんて、仲間にもバカにされて好きになった悪魔さんたちは、いつも何十人もの彼女持ちであの……妾にも、セフレにすらしてもらえなくて……」

ヤマモトは呆れた顔しながら

「……悪魔の爛れた男女関係を語るなよ……俺ら人間だぞ?」

「世界平和のために、異種族交流は必要なのでは?」

頬を赤らめて尋ねてきたハーツにヤマモトは唖然とした顔をしてから

「あのなぁ、お前は捕虜で、俺とヒサミチはお前の仲間の悪魔たちから、ちょっと前に殺されかけてて俺たちは、そいつらから逃げるために今、北に居るめちゃ強い仲間のもとに向かってるんだぞ?平和どころか、戦争状態だろうがよ……」

「うぅ……それは、何とも言えないんですけどぉ。あの、でも今を楽しみましょうよぉ……」

「……ほんと、とんでもない刺客だわ。なあ、ヒサミ……お前、なんで顔赤くしてるんだよ!」

「……いや、なんかハーツさん良いなって思っちゃって……」

「……やっぱり殺しとこうか?何かの魔術をかけられてないか?魅了するやつとか」

ヤマモトが横目で、ハーツに軽く殺意を向けると

「だだだだだだだダメですよ!!それはダメです!温泉が悪魔の血て染まって、毒の沼になりますよ!!そっ、それに私!何の魔法も使えなくて!ホントです!」

パニックになった彼女は二人の目の前に回り込んで立ち上がり、慌てて両手を前に出して止めようとしてきた。

そしてタナベと目が合う。

「あっ……」

「……」

二人はしばらく裸で向き合った後、眼がトロンとしたハーツが一歩前に出て、自らの身体を見上げているタナベに近づこうとして

次の瞬間にはヤマモトに抱え上げられ

「やっ、やめてえええええ!!千載一遇の機会なんですっ!私の殿方との初めてのお付き合いのチャンスを奪わないでええええ!!」

と号泣しながら、手足をジタバタしつつ遠くへと連れ去られていった。

タナベは心配そうに

「殺すなよー!」

声をかけて、すぐに遠くからヤマモトの声で

「服着せてから!そこらの岩に縛っとくわ!」

そう返されて、安堵した顔をする。



場所は変わって同時刻



赤い雷光が曇天から遠くに迸る、灰色の異様な雰囲気の荒野を巨大な異形がどこかへと向かっている。

高さ二十メートルほどの青黒い大岩のような身体からはタコのような吸盤のついた足が十数本伸びていて、うねっている。

大岩の前方には、巨大な充血した赤い一つ目が見開かれていて大岩の後方には、長い舌が伸びている大口が開いている。

その異様な生き物の周囲を黒スーツ黒ネクタイ姿で金髪を七三分けにした神経質そうな痩せた男が漆黒の骨しかない翼を羽ばたかせ飛び回り、心配そうに

「すいませんーボゾムキン様、本当によろしいのですか?すでに休戦協定が発効されていますし、調停責任者ブランアウニス王様からのご命令は待機だと……」

大岩の後方の大口がこの世のものとは思えないような、汚らしい濁声で

「……あの、偉そうなやつの命令など聞けぬ。何が休戦協定だ。余は逆さの楽土二層の被虐王であるぞ。何が虚無王だ。余は、休戦協定破りの縛りが有効となる前に瞬時に地上の全てを滅ぼし尽くしそして、その後は虚無界へと手勢と共に攻め込み、貴様らの王であるブランアウニスをも滅ぼしてくれよう」

「……ふぅ。言質取れちゃいましたか。仕方ありませんねぇ。尊い犠牲に……あ、悪魔だから意味ないか」

神経質そうな男は、ポケットから錆びて赤茶けた小型電卓のようなものを取り出して

その表面のボタンを幾つか素早く押すと

「あーボゾムキン被虐王、ご乱心。現在、狭間の境界線上です。地上へと到達する前に、契約通り、そちらで処理してください」

その機器に向けて冷静な顔で告げ、骨だけの翼をはばたかせながらスゥーッと遠くへと飛び去って行った。


その数秒後に大岩の化け物の目前に、背中に左右四枚ずつの真っ白な翼をもち真っ白なローブをなびかせウェーブがかかった輝く黄金の長髪と端正な顔立ちの神々しいとしか言えないような長身の天使が現れた。

そして、虹色に透けた長槍を何もない空間に出現させ即座に両手持ちすると、慈愛に満ちた暖かな笑みを異形の化け物に向ける。

ボゾムキンはその場に停止すると

「大天使か。余の覇業への最初の贄として相応しいわ!!」

後部の口で汚らしくそう叫び、見開いた眼から真っ赤な稲光を伴ったレーザーを放ち

それと同時に、身体を支えている触手以外を全て外側から大きく包み込むように天使へと伸ばし、襲い掛かった。

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