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数時間後
二人の高級士官の暗殺が分かり蜂の巣をつついたように必死な形相の衛兵たちが人波をかき分け行きかう要塞都市内大通を、執事たちが着るような黒服に身を包んだサンガルシアが悠々と荷車を引いて城郭へと向かっていた。
俺は荷車の横をいつものように歩いている。
荷車の上に悠然と腰を下ろしたブラウニーは
「……都市内に、情報が行き渡るのも時間の問題だな。動ける人間たちは、避難し始めるだろう」
サンガルシアは楽し気に
「上が無能やと、混乱なんて簡単に広まるもんですからなぁ。じゃあ、刈り取りに行きましょうか」
「そうだね。ゴーンスバイク卿の資産も輝かしい経歴もそれに未来も全て頂きに行こうか」
ブラウニーはまるで悪意など微塵もないかの如く微笑む。
サンガルシアの出仕の準備を終えてきたとブラウニーが城郭の衛兵たちに告げると、真っ青な顔をしたちょび髭の貴族服の男に再び、迎え入れられ、俺たち三人は司令官室へと通される。
今度は、室内には少年たちは居らず不機嫌そうに椅子に座る、ゴーンスバイクのみだった。
ブラウニーは涼やかな顔で跪いた俺とサンガルシアの前へと進み出て
「……大変な事態になっているようでご心配になりまして、お伺いしました」
ゴーンスバイクは不機嫌な顔で
「……わしが二名の暗殺を企んだという噂が要塞内に広まっているようでその火消しに困っておるところです。しかも、二名とも首も無いのですよ……」
ブラウニーを睨みつけた。
「その様な不謹慎な噂が?」
とぼけるブラウニーに、ゴーンスバイクは顔を真っ赤にして肥満体を揺らしながら立ち上がり
「ブラウニー公!!わしを見くびらないで貰いたい!これでも、過酷な帝国内で下積みから五十年やってきた!誰が、何のために二名を暗殺したかくらいはとっくに分かっている!!」
ブラウニーは冷静な声色で
「……我が国へと寝返るのです。スズナカの息のかかった二名はお邪魔だったのでは?親切心からですよ。我が手の者に既に、帝都へと二人の首を届けさせました。もちろん、あなたの筆跡を完璧に真似た、宣戦布告の書もつけて」
ゴーンスバイクは即座に大量失禁しながら、椅子に力なく座り込み
「なっ、なんということを……何ということだ……」
そう呟きながら真っ青な顔の口から泡を吹いて、痙攣しつつ白目を剥きだした。
「ふむ……この状態では、サンガルシアの出仕どころではありませんな。では、日を改めて」
ブラウニーは軽く一礼すると俺たちを引き連れて、部屋を出た。
抜き身の剣を構えた十名ほどの衛兵を引き連れたちょび髭男が
「オースタニアの犬どもが!!」
俺たちを囲んで襲い掛かってくるがサンガルシアが、回し蹴りをするようにクルッと回ると次の瞬間には全ての衛兵達は、ちょび髭の男含め人の形をとどめていない肉塊になっていた。
「……悪いなぁ。ゴーンスバイクにはまだ必死に生きてて貰わんとなぁ。デコイとしてとても価値があるんや。お前ら、上司も殺す気満々やったやろ?」
肉塊にニヤニヤと笑いながら話しかけつつ
右手を払って、軽い衝撃波のようなものを発生させ、ブラウニーが進む先の血を綺麗に飛ばしてしまうと
「どうぞ、ブランアウニス王」
「彼らの尊い犠牲に」
俺とサンガルシアも復唱しながら、ブラウニーに続き、その場を去っていく。
三十分後には、要塞都市の城門から大混乱を起こし脱出していく人波と共に俺たちは素知らぬ顔で出ていった。
この街に来てから出てくるまで半日も経っていない。
ブラウニーは二名を殺しただけで、堅固な要塞都市を大混乱に陥れ、さらには、帝国中から兵士を差し向けられる反乱の拠点へと変えてしまった。
事前にある程度は聞かされていたがここまで華麗に作戦が成功するとは思っていなかった。
ブラウニーは、奴隷の格好に戻ったサンガルシアが引く荷車の上で
「……これで、帝都内のスズナカの傀儡たちも帝国内の数少ない有能な軍人や実力者たちも全て帝都の喉元に突如出現した、この城の反乱に目を向ける。帝都内の仕事が格段にしやすくなった」
「さすがですなぁ。ターズ、お前も褒めろや」
サンガルシアはニヤニヤしながら横を向き見下ろしてくるが
「帝国人が十七人死んだな。いや、仇だからいいんだが」
ポツリと呟くとサンガルシアは荷車を引きながら、爆笑した後に
「非公認のガキどもと比べて、こっちは"公認"や、俺らの仕事に巻き込まれて死んだやつらはちゃんと仕分けされて逆さの楽土か、楽土、つまりは天界に行っとる。ああ、オクカワの魔法は別やけどな」
「……」
よくわからないので、黙っているとブラウニーが涼やかに
「だから、我々が地上へと派遣されてきたのだ。調和を取り戻すために」
サンガルシアがさらに
「理不尽に誰か殺したと思ったらちゃんと、祈っとけや。"尊い犠牲に"大事やぞ。キーワードや」
と言って、低い声で午後の下がっている太陽を見上げて笑う。




