妖しげな力
重そうな王冠を頭にかぶった代理王マーリーンが玉座に座り、その数段下のカーペットが敷かれた床に重鎧を着込んだクリスナーが頭を下げて跪いている。
玉座の間には、二人以外は誰もいない。
「スベン総司令官付き護衛官クリスナーよ。襲撃時に有能な働きをしたこと感謝する。さらに、無罪のそちを収監してしまったこの不手際、大変すまなかった。国家に成り代わり、余が謝罪する」
クリスナーは下げたままの頭を上げずに
「決して、そのようなことはございません!我がスベン家は、国家に忠を誓う家父も母も、帝国と闘い、死にました!国家に尽くすことができれば、どんな状況でも本望です!」
代理王は思わず、立ち上がりそして目頭を拭うと
「余は、そなたのような優秀な戦士を警護官として必要としている。特務近衛兵として、仕えてくれるか?」
「ははっ!仰せのままに!」
頭を上げたクリスナーは即座に深く下げ、そして立ち上がり退出しようとすると代理王が
「あの、お兄ちゃん……クリスナーお兄ちゃん。私……お兄ちゃんが必要なの……」
ボソボソと頼りなげに呟きながら玉座から立ち上がり数段下の床まで降りてくる。クリスナーは振り向いて近づくと
「ははっ。ちったぁ大人になったかと思えばまだまだ子供だな。まあ、爺ちゃんも俺もブラウニー公も居るし、他にも国のために立ち上がった優秀な勇士たちがいる。全部任せて、安心して代理王しとけよ」
頼りなげな代理王の小柄な体を抱きしめ、サッと身体を引くと深々と頭を下げ
「では!代理王様、ルバルナ代理執政様との会談がございますので!これにて!」
ニカッと顔を綻ばせ、玉座の間からカーペットの上を颯爽と歩き、去っていった。
代理王はその後ろ姿に決意を新たにしたような表情を向けた後、王冠をかぶり直し玉座に再び座ると
「では!次の者!入れ!」
良く響く威厳ある声で、クリスナーの出ていった扉の方へと声をかける。
クリスナーが向かったジャンバラード城内の会議場の広い円卓にはスベン、そして、漆黒のフード付きローブを着込んだ黒いおさげ髪の地味な顔の女性が二人並んで、ポツンと座っていた。
渋面を作って腕を組み座っていたスベンは
「クリスナー・スベン入ります!失礼します!」
と背筋を伸ばして入ってきた孫の顔を見るなり嬉しげに
「その様子では、代理王様が泣かれたな!?はっはっは!王様を泣かしてはならぬぞ!」
そう言って、笑いながら孫を自分を挟んで女性の逆隣りに座らせる。
「爺ちゃん、いえ、スベン総司令、そのお方がルバルナ様ですか?」
祖父を挟んで座る女性の顔をクリスナーは見ようとして少し身体を傾けるといつの間にか、ルバルナはクリスナーの背後に立っていて
「ふむ……お孫さんは乱世の奸雄ですね。ただし平世では能臣ではありません。本来は国家システムの手に余る能力のようです。ある意味、時代に選ばれた戦士か……」
後ろ手を組み、彼の背中を見つめながらにこやかに言ってくる。
クリスナーは困惑した顔でスベンを見つめると
「ルバルナさんは、不思議な黒魔術を使うのじゃよ。あのブラウニー公のご推薦じゃ。間違いはあるまい」
クリスナーは背後に立ったままのルバルナの方を見ずに
「……摂政様に失礼だけど、何を考えてるのかわかんねぇ。でも、俺たちの敵じゃない」
ルバルナはニコリと微笑み
「その通りです。お孫さん、合格です。代理王様の警護を今日からお任せしましょう」
スベンは嬉しそうに
「はっはっは!自慢の孫なのですよ!ああ、今日はいい日だ。将来を心配していたお前もとうとう近衛兵か!こんな日が来るとはなぁ……」
スベンは笑った後、しんみりと天井を見上げた。
「いや、爺ちゃん、代理王様からもう任命されてるんだけど……」
ルバルナは不思議そうに振り向いてくるクリスナーにニコリと笑って
「我々二名が代理王様の教育係兼政務のチェック機能であなたは、二十四時間付き添うボディガードです。我々のチームで、今後は代理王様をお守りします。心得ていてくださいね」
そして、スベンに軽く会釈すると音もなく会議室から出ていった。
「え……爺ちゃん、ルバルナ様が二十四時間って……」
スベンはニヤリと笑い
「ああ、代理王様に近づくメイドや他の警護官も全て、お前が同行して必ず見て、操られている者や怪しい者が居たら、即座に捕らえよ。それが新しい仕事じゃ」
クリスナーは顔を引き締めると
「……我が家の名のもとに誓う。俺は代理王様を傷つけさせない」
スベンは深く頷いて
「それでこそ、わしの跡継ぎじゃ」
聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
五時間後
スベンは、真っ黒で大柄な馬に乗り、人けのない山道を飛ぶような異常な速度でオースタニア東部の帝国との国境近辺まで疾走していた。
山道が途切れると現れた、広大な平原に大量のテントが張られ数万人の兵士たちが野営している陣地が広がっていた。
「はっはっは、皆の準備はできているようじゃなぁ!妖しげな力でも何でも、わしは使う!この国の若者を市民を守るために!二度とオースタニアを失わぬためにな!」
黒馬は陣地の中へと吸い込まれるように入っていった。




