一つながり
「ユタカさん、陰キャ、陽キャって呼び方、俺、実は結構好きで」
博物館のように大小のガラスケースに入った様々なものが陳列されている、薄暗く古びた一室で、展示されている巻物や武器などを眺めている、真っ白な髪と肌のオクカワミノリの兄と、身長百七十台後半でやせ型のアジア人的な端正な細面でダークブルーのジャケットを着こなした男が話しかける。
「先に言っとくと、人に対して使ったことは殆ど無いんですけどね。特に、陰キャって言葉は、キツい。陽キャもどこか他者をバカにしてる感じがする。でも、言葉自体は好きなんですよ」
ユタカさんと呼ばれたオクカワミノリの兄は男の方を向くと
「君は、調和を大事にする人だろう?陰陽、月と太陽に人の性格を分ける発想が単純に気に入ったんじゃないかな?」
男は嬉しそうに
「さすがです。二極化っていうのは大体バカのする発想なんですけど、でも、陰と陽は二極でありながら、お互いが重要で両方ないと世界が成り立たないって考えでしょう?」
ユタカは軽く微笑んで
「そうだね。陰陽も、光と闇、そして幸と不幸も人繋がりになっている」
そう言いながら、
「見つけた。これだろうね」
大きなガラスケースの中に展示された、直径数センチ程度の古びて錆びた灰色の歯車を、ユタカは自らの指先から滲み出ている白い光で照らしだす。
男もすぐに近寄ってきて
「ちょっと、ガラスケースに貼ってある説明文照らしてもらっていいですか?"理解"してみます」
「ああ、そうだね」
細かい文字が書かれているガラスケースの説明文をユタカが光る指先を近づけて照らし出すと、男は顔をそれに近づけ
「……古代の戦場跡から、出土した歯車です。発掘した考古学教授の名前を付けてシャマカーンの歯車と呼ばれています。古代の戦車や兵器の部品だと思われます」
ユタカは聞き終るとニコリと微笑み
「では、シャマカーン教授に敬意を表して」
伸ばした右腕を、ガラスケースを割ることなくまるで水の中へ手を入れるかの如く透過させ突っ込むと、ケースの中の歯車を握りしめ、腕をそのままガラスケースから抜き去った。
ユタカが自らのスラックスのポケットに歯車を収めるのとほぼ同時に
「なあなあ、兄ちゃんたち、闘うか、俺の話聞くか、どっちか選べや」
ガラの悪そうなだみ声と共に音もなく、巨大なガラスケースの陰から長身の男が出てきた。
身長は百九十センチ付近で剃り上げられた頭から太い二本の紫の角が出ていて、鋭い目つきの顔の右頬には大きな傷跡がある。
前の空いた黒のレザージャケットを筋骨隆々とした体に直に着込み、筋肉が盛り上がった下半身にもピタッとした黒のレザーパンツを穿いている。
ユタカは長身の男を微笑んで見つめながら
「アキノリ君、いいかな?」
「いいですよ。ユタカさんは先に行ってください」
さわやかに答えた男の背後で彼は真っ白な光に包まれて消えた。
長身の男は、アキノリと呼ばれた細身の男を見下ろしながら
「逆さの楽土で今のやったら、とことん追いつめて殺すとこやけど、ここは地上や。王様にも言われとるし、まあ、許してやる。あんた、ジンカン・アキノリやな?消えたのはオクカワ・ユタカか」
ジンカン・アキノリが冷静な顔で頷くと
「俺は、地上調停を任されたブランアウニス王の序列一位の配下、サンガルシアや。世間知らずなお前に言っても意味わからんと思うが逆さの楽土の中層階の王を任されるくらいの実力はある。王様と虚無界が好きやから、ならんけどな」
ジンカンは
「……大悪魔だな、だが能力がかなり制限されているようだが」
まったく落ち着いた様子でサンガルシアを見上げる。
「ああ、そうやな。情報集めるの早いなぁ。まあ、いいわ。でな、我が敬愛する虚無王様からのメッセージを聞けや」
黙って聞いているアキノリに
「休戦協定を申し入れる。そちら二名はオースタニアと帝国の領土内に一切の手を出さぬこと、こちらの勢力の"悪魔そして鬼"はそちらの二名にその二国外で手を出さないという条件での提案である。期間は無期限。この世が終わるまで。そちらの返答を楽しみに待つ」
威厳のある口調で、サンガルシアは告げた。
アキノリは理解した顔で
「そうか……こっちが違約したら、そちらの大悪魔、数名が強力な本体を地上にもってこられると。そちらが違約したら、一体残らずに地上から悪魔と鬼を退去させるのか……それに"悪魔と鬼"のみねぇ……」
サンガルシアはスキンヘッドを撫でながら
「お前の、能力やろ?"理解"かぁ。で、どうや。さっさと返答せぇ。お前らにとって悪い話ではないのはわかるやろ?血まみれの抗争が避けられるしな。俺はこの後、王様と久々に試合しにいきたいんや。はよせぇ」
アキノリは少し考えてから
「協定を結んでから、ここでお前を殺しても違約にはならないよな?」
辺りが冷えるような、声を出す。
サンガルシアは額に血管を浮きあがらせながら不気味に笑い
「ああ、その通りやな。ここはオースタニアでも帝国でもないこっちは手を出せんし、まぁ、一方的やろうなぁ……。どうする?協定結ぶ前でもいいで?知り合った記念で、いっぺん殺しあいしよか?」
悪意に満ちた表情で、アキノリを見下ろす。
アキノリはスッと表情を変え、人が良さそうに微笑むと
「……そんなことはしない。了解した。じゃあ、協定は結ばれたということで」
サッと背中を向け、展示室から出ていった。
サンガルシアは残念そうな顔で
「一切手を出さずとも、あのクソガキ一匹なら、屠れたのになぁ……王様もほんと、人が良いわ」
そう言うと展示物たちの影の中へ溶け込んで消えた。




