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ハーツ

ターズたちが道中会話をしていたのと

ほぼ同じ時刻。

ターズたちの居る地点から七百キロほど遠くの

山奥の小さな集落、その民宿の一室で


「こっ、殺さないで!!

 わ、わわわわ私!!ダメで……ダメ悪魔なんです!!」


両眼が血走っているヤマモトに背後から

片手で両腕を締めあげられて

のど元に横に、銀の大剣シルバーソングを添えられている

真っ黒なフード付きのローブを着た

頭頂部付近に真っ赤な小さな角が二本横に生えた

緑色の髪をポニーテールにした小柄な女が

喚いて、命乞いをし始めた。

傍のベッドでは、全身包帯だらけの

タナベが布団をかけられてスヤスヤと寝ている。

「……ああん?親友をこんなにした

 クズの仲間を助けろと?お前数秒前まで

 威勢よく、ナイフ持って殺しに来てただろうが!」

近くの床には、刃先が捻じれた

もう使い物にならなそうなナイフが二本転がっている。

「う、ううう……あ、あのですね……

 ちょっと、ご説明させてくださぃ……」

「言ってみろ。嘘ついたら、即座に殺すからな」

女はソバカスだらけの顔を真っ赤にして

涙目でプルプル震えながら

「……あ、あの……我々悪魔とか鬼みたいな冥界の生き物は

 地上に出るときに

 能力を制限された仮初の身体を与えられるんです……」

そこで黙った女にヤマモトが

ブチ切れながら

「続き!」

「はっ、はい!えっ、えっと……あのですね

 強すぎる悪魔さんたちや鬼さんたちが

 この世界を無茶苦茶にしないためのシステムなんですけど……」

また黙ってしまった女に

ヤマモトは

「ぶっ殺すぞ!だからなんなんだよ!」

と大声を出す。女は真っ青になりながら



「わ、わわわわ私……弱すぎて……制限必要なくて

 そのまま逆さの楽土から出てこれちゃって……つ、つまり

 この身体が、本体なんですぅ……だからぁ……

 殺されちゃったらここで終わりなんですぅ……あああああ……」



号泣し始めた。

しかも足元にローブから垂れてきた黄色い液体が盛大に

広がりだす。

ヤマモトは唖然として、力を抜いた。

女は黄色の液体の中に、ビチャンと座り込んで

号泣し続ける。


五分後。


ヤマモトは女を縛り上げて

民宿の主人から借りてきた雑巾とバケツを借り

嫌そうな顔をして、汚れた床を拭きだした。

濡れたローブで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔の女は

ブルブル震えながら

「こっ、殺さないんですか?」

「……お前の小便を拭いてるんだぞ。

 終わるまで、せめて黙っとけよ……くそっ

 着替えも必要だよな……うぅ臭え……窓も開けないと」

「やっ、優しい……ああああああ……」

また号泣し始めた女をヤマモトは唖然と見つめ

「……お前、悪魔ってことは

 あのブラウニーの手下だよな?

 油断させて、ブスッと殺す気なのか?」

女はまた真っ青な顔をすると

「とっととととととととんでもございません!!

 信用できないなら手枷でも首輪でもなんでもいたします!

 だから、こっ、殺さないでええええええ!」

今度は恐怖で号泣し始めた。

「くそっ……ヒサミチが起きてれば……

 スマホで検索して、こいつのこと調べられるのに……」

ベッドに寝ているタナベを

悔しげに見つめる。



三十分後。



ヤマモトは室内の何も置かれていない角で

後ろを向かせた女に

抜き身のシルバーソングを背後から突きつけながら

宿屋の主人に金を渡し買ってきてもらった

女物の服や下着まで全て着替えさせた。

「あっ、あの私、身体とかも貧弱で

 い、いつも、同僚のサキュエラちゃんに馬鹿にされてて……

 あの、ご不快でしたら……すいません」

耳まで真っ赤にしてくる女に

ヤマモトは呆れながら

「……お前、何かずれてんな。

 お前の身体なんか見る余裕あるわけねぇだろ。

 お前が弱いふりして、俺とヒサミチに、

 また襲い掛かってくるかもしれないってのしか

 俺は気にしてねぇよ」

女はサッと振り向いて

「あ、あの……正直なところ

 ど、どうでした?。私の何も着ていない後ろ姿は……

 人間の感想は、まだ聞いたことなくて……」

まだずれたことを言ってくる女に

「ぶっ殺……」

ヤマモトは激怒しかかってとっさに

恐怖に歪んだ女の表情を見下ろしながら止め

そして、用意していた縄で

服を着た女の両手を素早く縛った。

濡れたローブや下着はバケツに突っ込んで

蓋をする。

そして、縛った女を近くの丸椅子に座らせて

自分も抜き身のシルバーソングを持ちながら

近くの丸椅子に座った。


「で、名前は」

ぶっきらぼうに尋ねたヤマモトに女は

「ハーツです……。クソ雑魚馬鹿のハーツって

 サキュエラちゃんにはいつも呼ばれてます……」

「そのさっきから言ってる

 サキュエラってのは誰なんだよ……同僚とか言ってたな」

ヤマモトの質問に、ハーツはハッと気づいた顔をして

口をふさぐと

「あ、ああああ……またやってしまった……。

 言ったらダメな情報を相手に与えてしまった……。

 みんなからバカにされる……王様から苦笑いされる……」

ヤマモトは呆れた顔で

「……俺の親友が起きたら

 どうせお前は、丸裸にされるんだよ。

 さっさと言っちまえよ」

「ま、丸裸に!?

 つ、つまり、タナベさんが起きたら

 私はまた脱がされて、こんどこそ、色々悪いことを……」

耳まで真っ赤にして二本の角が生えている自分の頭を俯かせた。

そしてどこか期待したようにモジモジし始める。

丸裸という言葉を、情報を何も隠せないという意味で

言ったつもりのヤマモトは思いっきりため息を吐いて

「お前、バカだろ!?俺もバカバカ言われてきたけど

 お前ほどのバカは見たことないわ!」

ショックを受けた顔のハーツに

ヤマモトはあきれ顔で

「もういいよ。ヒサミチが起きたら

 お前のこと検索するからな!

 それで、お前は終いだ!」

「つ、つまり私は許されるんですか!?

 もしかして、タナベさんが起きたら

 帰してくれる!?」

いきなり期待した顔になって

ヤマモトを見つめてきたハーツに

「……こいつ、本物のバカだ……」

聞こえないように小さく呟いた。

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