クリスナー
「爺ちゃん、諦めるのはまだ早いだろ……。どこにも、王様の死骸がないんだぞ……よく考えろよ」
スベンを囲む鎧と兜を着込んだ衛兵たちのうち最も若い一人がブツブツ言いながら失意で崩れ落ちたスベンの左を通り抜け、寝室中に転がる暗殺者たちの死骸を除け、天幕に覆われた大きなベッドの周辺を探索し始める。
他の茫然自失としていた衛兵たちも、ハッと気づいてスベンを支えたり寝室のクローゼットを開けたりして代理王を探し始める。
最初に探し始めた若い衛兵が
「居た!!ベッド下の緊急避難用の窪みだ!気絶してる!」
そう言いながらベッドを一人でひっくり返そうとし始める。
我に返ったスベンや、他の衛兵たちが手伝い始め天幕付きの豪奢なベッドが大きな音を立てて壁際へとひっくり返されると、その下の床に作られた、人が一人分入れるくらいの窪みに丸まって横向けにうずくまり、気絶している代理王マーリーンの姿があった。
若い衛兵は代理王を救出しようと我先にと群がる衛兵たちからサッと後ろに引いて
いきなり腰の剣を抜くと、そのうちの一人を躊躇なく背後から刺し殺した。
その鮮血で、気絶している代理王の体中が真っ赤に染まる。
「お、おい!クリスナー!!何をするんじゃ!!」
スベンが焦りながら振り向くとクリスナーと呼ばれた若い衛兵は同僚たちに取り押さえられながらも冷静な顔で、スベンに
「爺ちゃん、そいつ操られてた。皆、そいつの持ち物、探ってみて」
すぐに死んだ衛兵の死骸が仰向けに寝かされて鎧を脱がされ、荒々しく持ち物を検査されだした。
その間にスベンは鮮血に染まった代理王を抱き上げ、呼吸を何度も確認して、両眼から安どの涙を大量に流し始めた。
取り押さえられているクリスナーはそれを眉を顰めて眺めながら
「爺ちゃんさー、感動で泣くのは後にしてよ。この部屋おかしいって思わないの?」
呆れた顔で、スベンに尋ねる。
ほぼ同時に、他の衛兵たちが死んだ衛兵の死骸から怪しげな液体の入った小瓶や、刃先がしっとりと何かで濡れたナイフを見つけ出し
それらを紙やハンカチに包み
「城内の毒物専門家に調べてもらいます!」
二人で連れ添って、寝室から出ていった。
クリスナーは取り押さえられたまま自分の方を向いて、茫然としているスベンに軽く舌打ちして
「爺ちゃん!!しっかりしろって言ってんだよ!!」
一喝すると
「暗殺者の死骸しかないんだよ!この部屋!誰が殺したんだよ!!こんなに!!代理王様じゃないだろ!?」
スベンはハッと気づいた顔になり、二人の屈強な男女の衛兵に
「……ドメウス、マキネ、調査班を急ぎ、こちらへと」
そう告げて、二人を室外へと走らせた。
ほぼ同時に、部屋の窓を一羽の大きなカラスがコツコツと嘴で叩き出す。
クリスナーはそれを目を細めて見つめ
「爺ちゃん、窓開けてやって。たぶん、ブラウニー公の"使い"だ」
スベンは、代理王の小柄な体を長身の衛兵に預けるとガラス窓に近づいて開け放つ、同時に、カラスが大口を開き、若い女性の声で
「……防備がヌルい。高所に居るからって安心しすぎ。相手は異界の煉獄から来た悪鬼たちよ?どんなことでもしてくるの分かってんの?ちゃんと守らないと、今度こそ死ぬわよ。それと、遠隔操作の魔術でマーリーン王の身体を無理して動かしたからしっかりと薬湯に漬けて温めること。じゃないと後々、疲労と筋肉痛でやばいことになるからね?いい?わかった?……これだから愚かな人間は……ブツブツ……」
などと大きなカラスは呟きながら飛び去った。クリスナーは大笑いし始めて
「爺ちゃん、ブラウニー公のお仲間が魔法で代理王様ご本人を戦わせて守ってくれたみたいだ!あははは!すげえや!!」
スベンはまた呆然と大きなカラスが飛び去って行った、雲間から月が出てきた夜空を見上げる。
翌朝、レナード城
俺が朝食のテーブルにつくと馬の骨が三本になっていた。
相変わらず、テーブルの上に何も載っていない席に着いたサキュエラがニヤニヤしながら俺を見つめてくる。
ブラウニーの席のテーブルの上には、これでもかと豪華な朝食が並べられていてジェシカの前には嫌がらせのようにキャベツの千切りが積み上げられた皿が三つほど置かれていた。
ブラウニーが軽く継ぎはぎだらけの鼻から息を出すと
「それで、昨夜の戦果はどうだったかね?」
サキュエラに尋ね、彼女は嬉しそうに
「人間のガキ……いや、代理王マーリーン本人を戦わせたところまでは昨夜のお食事の席で話ししましたよね?」
ブラウニーが頷きながら、自分の食事の皿を全てジェシカの席の前へと渡していき、そして、代わりにキャベツが山盛りになった皿を受け取るのを悔し気にサキュエラは見つめながら
「……懸念だったスベン総司令の近衛兵に混ざっていた暗殺者はスベン総司令の孫のクリスナーが実行寸前に殺害しました。……あいつ、使えますよ。今は同僚を殺害した容疑で一時的に牢屋の中ですけど」
「ふむ……つまり、スズナカの操心術を看破したわけか。近衛兵として、マーリーン代理王の傍につけるべきかもな。その後に……」
腕を組み考え込み始めたブラウニーにサキュエラはニヤニヤしながら
「ただ、ちょっとサイコっぽいんですよねー。操られてると見ればあっさり同僚を殺したり、あと笑ってましたよ。私の使い鴉のメッセージを聞いた後、実に楽し気に。あくまで人間基準でですが、心が欠けているのでは?」
ブラウニーは気にしない顔で
「……真の英雄とはどこか、大きく欠けているものだ。総司令は予定通りに御出陣を?」
「とりかかっているみたいです。あと、この馬の骨のためにこの城地下の特殊鍛冶室を開けておきました」
バリバリと馬の骨を食べている俺をサキュエラは見下げた表情で眺めてくる。




